25年の約束の森へ(1)


あのころ、鹿児島から海を渡る飛行機はYS11だった。25年の時を経て、74人乗りボンバルディア機は僅か25分で私たちを屋久島に運んでくれた。乗り継ぎの鹿児島空港では上着を1枚脱いだが、屋久島空港に降り立ったときには長袖シャツの腕をまくっても汗ばむほどだった。週末の予報では曇りから雨だったのに、高曇りの空には青空があった。
我が夫婦にとっては25年ぶりの屋久島、今回の旅を一緒に計画したN夫妻には初めての屋久島。それぞれ万感の思いで島の空気を深呼吸した。予約してあったレンタカーでまずは白谷雲水峡をめざす。

人気のない東屋の横に車を止め、重いザックを背負って歩き出した当時の様子から一変。駐車場には満杯の車。アプローチのよさから、たくさんの観光客が世界遺産の入口を訪れるようになった。

初めてのN夫妻には、まずは屋久杉らしい巨木を見てもらおうと思った。順路の矢印には従わずに、通常とは逆回りで弥生杉に直接向かった。おかげで、外国人観光客を含め、たくさんの「コンニチワ」コールを発するはめに。中高年のツアー客の多さが目立った。
弥生杉は私たちも初めて見るものだった。縄文杉には及ばないものの、樹齢3000年と推定された森の古老だ。たくさんの着生植物を育みながら、永々と森を見つめてきた。世界遺産に登録されてからの騒がしさには、古老も戸惑っているだろう。そんな思いで弥生杉の26mのてっぺんを見上げた。

屋久の森について、いまさら語る必要もない。豊かな水が森全体を潤し、ここに生まれた木は自らの寿命を終えた後も、その倒木や切り株の上に新たな命を宿してゆく。輪廻転生の森の営みがここにはある。

薄暗い斜面にレンズを向けた途端、「ピィー」と鹿が鳴いた。樹間にヤクシカを見つけた。この島だけに棲息するニホンジカの亜種で、小型の鹿だ。近年は増殖が進み、獣害が問題になっているという。
この写真、目を凝らすと中央奥にヤクシカの白いお尻が見えるのだが、お分かりだろうか。

白谷雲水峡はすっかり整備され、普段着の散策が可能となった。「もののけ姫」の宮崎監督が、ここで構想を膨らませたことでも有名だ。多くの人がこの大自然に抱かれることはよい。しかし、深閑とした昔の屋久の森を知る身にとっては、少し残念に思う部分もある。

周回路を渓流に沿って下る。連続した沢音が耳に心地よい。西日が渓谷に射し込み、一瞬の光と影を演出する。

途中で見つけたキノコと思った不思議な造形の植物。後日の調べで、ヤクシマツチトリモチと分かった。キノコではなく、ハイノキの根に寄生する寄生植物とのこと。赤いのが花穂。

駐車場に戻り、1時間半あまり散策した森を振り返る。25年前、新婚旅行の初日はここから奥山を目指したことを、もう一度静かに思い出していた。

林道を下る途中、宮之浦の町を眼下に望む。

道路に出てきていたヤクシカと出会った。

宮之浦から西にドライブ。閉園間際の志戸子のガジュマル園を散策。この季節、17時でもまだ十分な明るさがあった。

夕陽を追いかけながら初日の宿、永田の「送陽邸」に到着。チェックインを済ませ部屋を案内されたとき、ここに決めたことに間違いはなかったことを確信した。古民家再生の客室は、後でご主人が語ってくれた通り、「余計なものは何も置かない」シンプルな作りだ。黒光りする古い建材の重厚さが、旅の浮ついた心を鎮めてくれる。

廊下の様子。窓はガラスではなく、木製の小さな引き戸。締めるとピタリと合って外光を遮断する。

我が夫婦にあてがわれたのは角部屋。囲炉裏が切ってあり、テラスは各部屋を回廊でつないでいる。目の前に永田いなか浜と海がある。

何はさておき、浴衣に着替えて温泉に入る。浜に面した崖に、ひのき風呂と洞窟風呂の2つが作られている。ひのき風呂の方に入る。茶色の鉄鉱泉を入れた露天風呂からは、黄昏に染まる口永良部島が遠望できた。夏はここから夕陽を見送ることができることから、「送陽邸」の名が付いたという。

食事は海にせり出した桟敷席。夏の間は海水浴の海の家になるようだ。この日の客は我々だけで、気兼ねなく過ごすことができた。ここにも余計なものは一切ない。ただ波音を聞きながら、心のこもった民宿料理を頂く。料理の量も質も決して奢ることなく、適量の食事を全員残すことなく完食した。

ビールの後は屋久島芋焼酎。三岳と奥羽神の2つから、パンチの効いた奥羽神の方を選んだ。水割り3杯目で私はあやしくなってきた頃、絶妙のタイミングでご主人の岩川さんが三岳の一升瓶を抱えて加わった。ここから三岳のお湯割りをご馳走になりながら、ご主人との会話に花が咲く。この民宿を作られた経緯が興味深かった。今では世界中から利用客が訪れるまでになった送陽邸。旅人の求めるものを実にうまく演出されているのは、ご主人を中心とするご家族でのもてなしのあり方だ。
3杯目のお湯割りでいよいよおぼつかなくなった。あとはNさん夫妻にお任せして、我が夫婦は先に部屋に戻った。頭の中がグルグル回りながら、意識が落ちていった。
(つづく)
撮影:2008/11/7 GX100+WC

0

6 throughts on "25年の約束の森へ(1)"

  1. ご無沙汰です。
    25年、銀婚式ですか、おめでとうございます。
    我が家も昨年済ませませた。(ちなみに、我が家は那○救急病院に新婚旅行に行きました)。
    先日、我が家の長男とよばれる友人(うちは4/5が女性)と飲んでいて、北海道か屋久島に旅行に行こうという話から、屋久島がいいということになりました。
    長男がすべて計画するということで決まったのですが、覚えているかどうか心配です。
    その際には、このレポート参考にさせていただきます。

    0
  2. クワ 様
    はじめまして?
    お宿の雰囲気は、たじまもりさんの画像から十\分伝わってきました。
    長男の趣味に合うかどうかはわかりませんが、退職記念には家のものと行こうと言ってますので、その際には是非行きたいと思います。

    0
  3. ヱビスさん、3話続きますので、ぜひ参考にしてください。
    いいところですよ。でも、世界遺産以降は変わってしまった感があります。得るものと失うもののバーターですから、仕方ないところはあります。
    クワさん、
    帰国のおりは、ぜひ一度は訪ねてみる価値のある島です。送陽邸はお薦めです。部屋にはTVも電話も掛け軸も花もありません。ただ静かな空間があるだけ。最高の宿でした。

    0
  4. たじまもり 様
    長編物のレポート拝見しました。
    何か、屋久島を半分見てきてような気になっています。
    >得るものと失うもののバーターですから、仕方ないところはあります。
    何とかの指定って、ならないほうがいいものもあるような気がしますね、個人的には。
    人間が歩くという行為だけでも、時によって、自然界に大きな迷惑をかけているのを感じます。

    0
  5. 同行者のブログもぜひ読んであげてください。私はリピータとしての、あちらは初めての、それぞれの思いが綴ってあります。

    0

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です