FMラジオから流れてくる曲に心が動いた。ガレージに車を入れてからも、曲が終わるまでドアを開けずに聞き入った。うろ覚えのアーティスト名でネット検索し、ようやく彼女が熊木杏里というシンガーソングライターであることが分かった。
2枚のアルバムを発表していて、「無から出た錆」というセカンドアルバムを買い求めた。彼女の父親はおそらく私と同世代で、70年代のいわゆるフォークソングと呼ばれた音楽が青春のBGMだった。フォークギターが弾けることがひとつのステータスであり、井上陽水や吉田拓郎を唄いあった。ハングリーこそが音楽の原点だった時代に、やがて荒井由実という都会的でポップなアーティストが音楽の世界を変えてゆく。
そんな父の青春の残り火を、自分の心の中でチロチロと燃やしつづけて熊木杏里の音世界が出来た。そんなとこだろう。アコースティックなバッキングに熊木杏里のノンビブラートのストレートな声が実に美しい。歌われるメッセージはオジサンたちには多少むずがゆいものがあるが、彼女の声はすでに楽器の一部であり、正確に主旋律をトレースしてゆく抑揚が心地く耳に入ってくる。
メロディラインが拓郎調だとか、そんな形容詞は不要である。この若いミュージシャンの奏でる楽曲に、オジサンの心が呼応した。それだけで充分。私は観ていないけど、「3年B組金八先生」のスペシャルの挿入歌として使われたという「私をたどる物語」の一曲でブレークしたらしいことも分かった。武田鉄也の詞は相変わらず臭いが、さらりと歌ってシミジミとさせるところが熊木杏里の持ち味。奥の奥にしまいこんだ自分の中の青臭い部分を見つけられたような、少し照れくさい気持ちになる一曲である。
オジサンたちよ、自分の娘ほどの歳の熊木杏里の音楽を、一度聴いてみることをお薦めする。騒がしいだけのチープな音が溢れる世の中で、ふと安らぐ音がそこにある。
熊木杏里
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