我が子たちが退職記念にプレゼントしてくれた温泉旅館のペア宿泊券。新緑の季節には予約がとれず、梅雨のさなかではあったが、7月5日の一泊で使わせてもらった。車で2時間半ほどの近場で、名前は知っていてもこれまで縁のないところだった。アプローチの短い温泉場で、のんびり時間を過ごしてほしいという、子どもたちの思いが込められている。
最短ルートをストレートにドライブするのも味気ないので、思いついた場所に寄り道しながら行く。柏原でR176を逸れ、JR谷川駅から篠山川に沿って東進する。JR下滝駅を過ぎると右手に丹波竜化石発掘地の案内がある。
休業中の集客施設に駐車し、農道を歩いて発掘地点まで。アスファルト路上には、恐竜の足跡がペイントされて続いているのがご愛嬌である。
10分ほど歩いて、篠山川右岸に発掘現場を見下ろす展望デッキにでる。後で調べたところ、今年の3月に発掘作業は一旦凍結になっている様子。予算の問題や、工事規模の拡大がネックになっているとのこと。発掘地点はコンクリートで塗り固められ、その上に赤いペイントで丹波竜の漫画が描いてある。
雨で増水した篠山川は加古川の支流の一つ。カヤックで下れば面白そうな流域であるが、年寄りにはかなりリスキーな流れの状況だった。
情報誌で仕入れた篠山市内の「メイプルカフェ」というお店でランチ。妻はスープランチ、私はカレーランチのセットメニューを美味しく頂く。近所のおばさんたちで賑やかな時間帯だった。
篠山市内で時間調整をしてから、R372を亀岡に向かう。内陸の田園地帯を走る国道は、但馬の風景と変わりがない。早苗が背を伸ばして緑一色の田んぼの風景が広がるこの季節は、田んぼの四季の中で最も美しい時期だと思う。茅葺屋根をトタン葺きに替えた農家が目立ち、所々に白壁に囲まれた庄屋さんの豪邸も見える、
15時過ぎに湯の花温泉「すみや 亀峰庵」に到着。道路拡幅工事が周囲で行われているので、かなり殺風景で騒々しいエントリーであるが、宿の門をくぐれば、そこに別世界の入り口が待っていた。チェックアウト後に知ることになるのだが、かつて、ジョンとヨーコがこっそりこの旅館を訪れたこともあったのだとか。湯の花温泉郷では一番の老舗らしい。
通された「穂波」は、この宿で最もゴージャスな部屋のひとつ。テーブルの上には娘夫婦からの花かごが、メッセージを添えて置かれていた。旅の高揚した気持ちをしっとり包んでくれる、心にくい演出が嬉しい。
広いリビングを挟んで2つの和室があり、一つは夕食をとるだけのために利用した。もう一つは寝室になっている。リビングのテーブルも4席あり、4人での宿泊利用も楽しいと思った。
ロッキングチェアーはデンマークの有名なデザイナーの手によるものらしく、とても心地よいものであった。外窓に面して半露天の、左側に足湯が、右側に内風呂がしつらえてある。24時間かけ流しの温泉が部屋で楽しめる、最高の贅沢を味わうことができる。
夕食は18時半からにした。京懐石のフルコースは仲居さんが一品づつ運んできてくれ、たっぷり2時間かけて美味しく頂いた。
写真はお造り。日本酒は亀岡の地酒「丹山」の「雪中仕込」を選ぶ。スッキリ辛口で料理とよく合った。最後の飯物は生姜御飯の竈炊き。すでにお腹一杯であったが、生姜の風味が御飯を美味しく食べさせてくれた。
食事の途中、和室から見た足湯のベンチのガラス越しの風景。日没後の「マジックアワー」は景色を藍色に染め抜いて、わずかの時間で色を失い闇に紛れてゆく。
すっかり酔っ払って寝床に転がっているうちに、仲居さんは最後の皿を下げ、夜食の小さなお稲荷さんと氷水を持ってきた。夜は更けてゆき、照明が暖かく部屋を包んでゆく。酔い覚めの湯に浸かりリフレッシュ。部屋を出て浴場に行くこともなく、寝室から裸で温泉に直行という贅沢の極み。
翌朝、寝室から見た部屋の風景。テーブルの左の明かりが食事をした和室、右の明かりが足湯の部屋。寝室の障子を開くと、浴室がそこにある。
浴室の格子戸は2重構造で、隙間を調整できるようになっている。もちろん全開することもできるが、他の建物からの視線にさらされるのが難点である。また、部屋の下は街道になっているので、車の通行がひっきりなく続く。まあ、それでも、寝室直結のかけ流しの温泉があるというのは、何に増しても贅沢で、心置きなく開放感に浸っていられる。
遅い朝食は1階のダイニングへ案内される。それぞれ個室になっているので気兼ねがない。キッチンを囲むのが、この旅館ご自慢のベンガラの竈(かまど)。ここで炊いた竈飯を出してくれる。和食のメインディッシュのほか、バイキング形式でお好みのものをとってこれる。
11時のチェックアウトぎりぎりまで宿で過ごしたあと、亀岡市内の神社を回ってみる。最初に参拝したのが、宿から一番近い稗田野神社。参拝順路などの案内があって、初めての人にもフレンドリーな神社だった。
保津川下りをするアイデアもあったが、乗船場を車から眺めただけで今回はパスした。東の山裾を北に向かって出雲大神宮へ向かった。元出雲の銘があったが、「出雲」のルーツを巡ってはいろいろとあるようだ。大きな神社で、地元ではよく知られた存在のようだった。出雲大社の作法に則り、2礼4拍手1礼で参ったけど、たまたま宮司さんが神殿で祝詞をあげておられるのを見ていたら、普通の2拍手であった。
お昼は出雲大神宮から近い、千代川の「きむら」という蕎麦店に入った。新しいお店で、若い店主が一人で切り盛りされていた。待ち時間に、店主の友人らしき男性が入ってきた。持って来ていたウクレレを弾いていいかと突然たずね、ご要望に従って聴いてあげた。「見上げてごらん夜の星を」をソロで奏でてくれたけど、大ぶりのウクレレは綺麗な音色で鳴った。所々引っかかりながらも、上手な演奏だった。
蕎麦は白い細麺で、香ばしくて美味しかった。蕎麦湯も美味しい。粉や製法にこだわって、蕎麦だけで真っ向勝負といったお店だった。
R372からR176に乗り、柏原で「丹波年輪の里」に寄ってみた。不快指数が半端でない蒸し暑い午後の後半、冷房のない室内で木のビーズでリングを作って遊んだあと、少し園内を歩いて帰途につく。
途中、新しくできた巨大マーケットで食材を買い込む。安さを求めて、たくさんの人が3つも4つも買い物カゴが乗る大型カートを押して店内を歩いている。一泊二日の、夫婦水入らずの静かで贅沢な時間を過ごした余韻は、チープな人混みの喧騒の中で一気に色あせ消えてゆく。
自宅が近くなるにつれ、旅の終わりが切なく思えてくる。カーステレオでWong Wing Tsanの「物語の終わりに」を流すと、切なさはさらに胸に迫ってくるのだった。子どもたちがくれた今回の温泉旅行は、夫婦二人だけの贅沢な時間の贈り物でもあった。こんな贅沢はそうそうできないけど、また二人で旅に出よう。
今回の素敵な贈り物をしてくれた我が子たちと、その連れ合いに、心からありがとう。
2013/07/05-06 D7000+SIGMA10mmFE, SIGMA17-70mm, VR18-200mm
子どもたちがくれた温泉旅行
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