むささび荘


伊那谷の駒ケ岳山麓に建つ自然界の報道写真家・宮崎学さん(以下親愛を込めgakuさん)のアトリエ「むささび荘」を初めて訪ねた。アトリエと書くと芸術の香り高いが、gakuさんの場合はアジトと呼ぶべきベースキャンプだ。著作活動はもちろん、撮影道具の工作、インターネット活動、すべてのgakuさんのアクティビティがここに集約されている。
気が付けば、gakuさん主宰のgaku塾の運営スタッフに名を連ねてネット上の裏方作業を続けている私。今回はスタッフミーティングという名の慰労会。ここのところ超がいくつも重なるほどの多忙を極めておられるgakuさんが、我々スタッフのために時間を割いて歓待してくださった。感謝、感謝。
夕方のまだ明るいうちから屋外テラスで始まった焼肉パーティ。牛・豚・鶏・馬・鹿・熊などのジンギス肉が次々と胃袋に収まってゆく。日が暮れると小雨がトタンを叩き、一気に冷え込んできた。6時頃には早々に出来上がって、室内に入ってからは11時過ぎまで各々のペースで続いた。11時半、切り株に残飯を放り込んでおいたらセンサーがアラーム音を発した。観察部屋からそっと見下ろせば、キツネがご相伴にあずかろうとやってきていた。軽やかなフォックストロットを刻むキツネの美しさに息をのんだ。生キツネの余韻にひたりながら寝袋に潜り込んだ。冷え込んだ夜中、センサーのチャイム音を何度か夢うつつで聞いた。

体内にアルコールが残留したままの遅い朝。むささび荘の周囲を散策。巣箱ライブ、昆虫酒場ライブ、切り株ライブ。ネットでライブ中継されるセットが点在している。その撮影セットのひとつひとつにgakuさんとサポートスタッフの技術が結集している。ネット上で刻々と映し出される生き物たちのライブな姿は、かくも巧妙なシステムの上で成り立っていることを改めて認識した。
切り株ライブは常連のタヌキを始め、今はノネコやキツネが登場する。冬はテンがやってくる。1年を通して森の動物たちの様子を伝えてくれるこのライブカメラの舞台裏。これを見るだけでgakuさんの仕事の凄さが分かる。一番凄いのが、そこらの日用品や廃品を利用した様々なアイデアが盛り込まれていることだ。使えそうなものはなんでもオリジナルな道具にしてしまう発想力が、gakuさんのプロの仕事師としての核心部分なのである。この写真、家の壁にクモの巣のように這わされたケーブル群にも目を向けてほしい。

gakuさんの案内でロボットカメラが仕掛けてある森に入った。観光地に隣接した山裾にツキノワグマの生息環境がある。人の入らない森に入ると、そこは獣道の世界だ。まるで整備された遊歩道のように、動物たちによって踏み込まれた道が森を巡っている。ポイントに仕掛けられたロボットカメラのセンサチェックをするgakuさん。こうして向こうから顔を出したツキノワグマをセンサが捉え、カメラが自動的にストロボ撮影を行う。2日前の早朝、このカメラが捉えたツキノワグマの写真がgakuの今日のヒトコマ(宮崎学の写真日記)でご覧いただける。
無人撮影はプロカメラマンの仕事ではないと批判する人が未だにいる。しかし無人でなければ絶対に撮れない写真がある。絵コンテからシャッターが押されるまでのプロセス設計とそのシステム構築こそが「プロ」の技なのであり、ターゲットを捉えた瞬間にシャッターを切るのは人の指であろうと機械であろうと全く問題ではない。シャッターボタンに指を掛け、身を潜めてターゲットを延々と待ち続けている時間があれば、もっと別のクリエイティブな作業に没頭したいというのがgakuさんの理念だ。ファインダーの狭い視野でしか自然を見れない自称ネイチャーフォトグラファーが多すぎるとgakuさんは嘆く。

森を案内するgakuさんは五感を集中させる。とくに臭いには敏感に反応し、ここは熊の臭いが強いだろと皆に注意を喚起してくれる。熊の足跡があちこに残る。草が寝ているからこれは昨夜歩いた新鮮な足跡。猪も歩いている。この岩の上はリスがクルミを集めて食べた場所。

これはごく最近の熊の糞。ドングリの糞だ。このような糞があちこちにある。gakuさんの説明によると、そばを流れる渓流の音を聞くと熊はとってもリラックスして糞を垂れたくなるそうで、決まってこのあたりに排便してゆくのだとか。gakuさんの森と動物の話は実に面白い。現場を知り尽くした者だけが語れる森の真実だ。借り物の知識では語れないリアリティ。

遅い朝食でお腹が空かない中、名物の蕎麦屋「駒草」に向かった。出された細麺のよく冷えた蕎麦が絶品だった。gakuさんが店に指示してわざと海苔をのせずに出された。海苔の香りで新蕎麦の風味が損なわれるからとおっしゃるgakuさん、相当のグルメである。大根おろしはつゆに溶くが、すりおろしたワサビは蕎麦に絡めて一緒に口に入れる。蕎麦とワサビが絡み合った絶妙なハーモニー。いやはや、但馬の蕎麦は完敗である。さすが蕎麦処信州である。「蕎麦は別腹だね」と言いつつ、結局6人で8枚を平らげた。

gakuさんが仕掛けたいくつかのロボットカメラを見てまわる。それらは深い森の中ではなく、人家のすぐ裏の畑や林縁に設置してある。人と隣り合って野生動物が生きていることに、多くの人は無頓着なままだ。タヌキが写っているカメラがあった。すべてデジタルカメラなのでこうして巡回しながら前夜の動物たちの動きを現場で確認できるのだ。撮影セットをチェックするgakuさんから、ここでも興味深い森の話を聞くことができた。
むささび荘に戻り、コーヒーをご馳走になってから帰途についた。中央高速から見る伊那谷は、東に南アルプス、西に中央アルプスの山脈を望む。そういえば今朝見上げた駒ケ岳山頂付近は薄っすら雪化粧していた。高速脇の果樹園ではリンゴが赤らんでいた。冬の足音が聞こえ始めた信州を後に但馬に戻ってみれば、こちらもウラニシの鬱陶しい二日間だったようだ。
楽しい時間をご一緒できたgaku塾スタッフの皆さん、なによりgakuさんとアシスタントのモモンガさんにはすっかりお世話になりました。またの再会を楽しみに、ありがとうございました。

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2 throughts on "むささび荘"

  1. たじまもりさん、力作reportありがとうございます。
    楽しい二日間でしたね!たじまもりさんにもとっても楽しんでいただけたみたいで良かったです。
    子供がまだ小さいので日曜日にあぁいった時間を作ることはなかなか困難な立場なんですが、
    スタッフの皆さんがそれをわかってて毎回フォローしてくれるんで
    いつもとても助かっています。(というか、わたしは毎回、気楽に任せきり状態・・・・・)
    それにしても、日本海のお魚はサイコーでした。あんな美味しい干物は初めて!!
    今度は現地へ行って食べたいです。。。/(´∇`*)

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  2. 憧れのモモンガさんに会えたのも嬉しかったです。
    随分前からの友達のようで、違和感なく初対面できましたね。
    お土産は地酒のつもりでしたが、酒はたくさん集まりそうだったので急遽朝市で干物を仕入れました。
    楽しみにしていた妻たじまが同行できずに残念。
    冬の但馬はカニが美味しいですから、gakuさんの講演会でも企画して、ぜひマネージャ同行の役得で楽しみましょう。

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