秘境と清流の四国路【桃源郷祖谷の山里 後編】


夜明け前に目覚めると、隣家のニワトリが「コケコッコー」と鳴いた。剣山から伸びる稜線が赤らみで縁取られ、谷間を朝霧が立ち昇っては消えゆくさまを眺めた。
昨晩、みんなで相談した今日の予定行動をスタートさせる。隣家のおばあさんが、庭先になっているナツメを勧めてくれ、別れ際に茹で栗を持たせてくれた。毎日、入れ替わり立ち代り、いろんな客が宿を利用するために庭先を通り過ぎるのだろう。そんな一見の客に、村人のふれあいが優しい。「浮生」ステイ、ぜひ次の機会でも利用したいと思う。

集落を下り、祖谷川沿いにR439を剣山方面に遡る。最初の目的地、奥祖谷二重かずら橋で散策。500円の入場料を取られるけれど、下流側の祖谷のかずら橋ほど観光地化されていない分、落ち着いて渓谷の散策を楽しめるのがよい。2本あるかずら橋の下流側の「男橋」を渡る。

渡りきった左岸から川に下りて、かずら橋を見上げる。

左岸を少し上流側に歩くと「野猿」と呼ばれる川渡りの道具がある。セルフ・ケーブルカーといったもので、小さな屋根付きの箱に座ったまま、ロープを手繰って対岸まで移動する仕掛けである。

「野猿」のすぐそばにある「女橋」を渡って入り口まで戻る。途中で一緒になった地元の爺さんが話しかけてきて、自分は平家の末裔だという話をしてくれたのが興味深かった。

来た道を戻る途中、いつでも虹が見えるという滝に立ち寄る。行きにも車中から虹が出ているのを見たが、帰りにもやっぱり虹が出ているのであった。

落合集落展望所に立ち寄る。谷を挟んだ山の急斜面に、ひっそりと佇む集落を望む。

祖谷で一番の観光スポット「祖谷のかずら橋」に立ち寄る。観光センターの食堂で昼食をとったあと、かずら橋まで散策。私は写真係を申し出て、車道の橋の上から3人がかずら橋を渡る様子を撮った。高い所が苦手な妻のへっぴり腰を、娘夫婦が茶化していた。

かずら橋を見た後、祖谷川の右岸沿いの狭い県道を北上する。はるか下に渓流が見え隠れし、観光スポットの小便小僧まで行ってUターン。絶壁に据えられた小便小僧のブロンズにどんな意味があるのか、結局最後まで分からなかった。金玉が縮み上がるほどの絶壁という意味なのか? あるいは、小便チビるほどの恐ろしい場所?

戻る途中の祖谷温泉に立ち寄る。先ほどの小便小僧が見え、深い谷底までケーブルカーに乗って野天風呂に向かうという趣向である。ケーブルカーの斜度は42度とあったから、相当の急傾斜を下りてゆく。乗車時間はおよそ5分。かけ流しのぬるめのお湯は、ヌルヌル感があって肌に気持ちよい。祖谷川の急流を間近に見ながらの野天風呂である。

今日の宿に向かう前に、JR大歩危駅まで出て駅前のスーパーで夕食の買い出し。

前日手続きしたログハウスの事務所に再び向かい、今晩の宿のチェックインと道案内をお願いする。娘夫婦が選んだ2泊目の宿も、アレックス・カー氏プロデュースの「ち庵(ちいおり)」(注)。こちらの宿は、実はアレックスの持ち家であり、そこを宿として一般開放しているのである。前日の「浮生」や「ち庵」など、いくつかの古民家ステイの管理や世話は、現地のNPOの手に委ねられている。
※注:Chi-ioriのChiはS-JISコードでは表記できない漢字で、竹冠の下に厂(がんだれ)、その中に虎の字が入る。竹でできた横笛の意味。


築300年といわれる建材を活かした「ち庵」の内装は、「浮生」同様の近代的な設備が備わっており、快適に過ごすことができる。増築部分にはクロゼット、2つの水洗トイレ、シャワールーム、檜風呂などがしつらえてある。二間続きの板の間は、4人で使うにはあまりに広く、床暖房の効いた玄関側の居間で一晩を過ごした。

日が落ちて外に出ると、今夜も晴れ渡った空に月が煌やいている。

夕食はダイニングテーブルで鍋を囲む。前夜好評だった岩豆腐を使った鍋、最後は讃岐うどんで締めて、身も心もほっこりと温まった。

庭先に仕掛けたカメラで星空の長時間露光撮影。宿の周囲は木立に囲まれ、ほかの民家も見えない。山の中にぽつりと佇む「ち庵」の上に、ほんとうに眩いばかりの星が降り注いでいるのであった。
管理するNPO法人Chiiori Trustが発行している冊子「なにもないがあるところ」が、今回の2ステイの概要をよく説明してくれている。四国山地の秘境、祖谷の山里の忘れがたい旅の宿として、深く記憶に刻まれた。
2013/10/12 D7000+SIGMA10mmFE, 10-20mm, PENTAX WG-3

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