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初漕ぎはやっぱり円山川で


 北向きの軒下にずいぶん長い間転がされていたサイクロンとキィウィ2を引っ
 張り出した。雨と雪に汚れてデッキは黒い埃がこびりついていた。サイクロン
 を担いで階段を降り、次にキィウィ2を担ごうとしたが、あまりの重さにすぐ
 に引きずり降しに転じた。キィウィ2をカートップするとき、車の天井サッシ
 の被覆をまた一つひと剥きしたが、もうこんなことでは動じないのだ。我がレ
 ガシーは傷つけられるたびにカヤックのポーターとしてその貫禄を増すようで
 あり、天井の周囲はこうして付けられた名誉の傷痕が生々しく残っている。

 市内に一旦出て、行きつけのガソリンスタンドに向かう。2艇を縦積みにした
 レガシーはたいそう目立つようで、道行く人やすれ違う車の視線を感じる。満
 開の桜が美しく、沿道の家のガラスに映る派手ないでたちのレガシーの背景を
 やわらかな色に包んで見せた。満タンにして隣町のすのーべる邸へと走る。穏
 やかな快晴の空が広がり、河川敷には菜の花の黄色が広がっていた。土居堰堤
 はオーバーフローした水が全面を流れ落ち、堰堤下のラピッドも力強い流れと
 なっていた。バックウォーターには名残を惜しむカモの群れと、その上をかす
 めてツバメが飛んだ。

 すのーべる車庫にはすでにボルボの姿は無く、先ほどの電話の通り大屋町の幻
 の桜を見に出かけたようだった。完成したばかりの新しい車庫はペンキの匂い
 がまだ残っていて、その一角はタジプリ軍団の艇庫としてしつらえてあった。
 すのーべるさんのキィウィ2、トーネード、Tスラロームが鉄骨の棚に支えら
 れて縦に奇麗に並んでいる。棚の一番下のスペースに、私のキィウィ2を収め
 た。色とりどりのカヤックがそれぞれの存在感を主張しているようで、思わず
 嬉しくなった。うきうきした気持ちで、持ってきたテレマーク&テレマークの
 2種類のステッカーを手前と奥の柱に丁寧に貼った。一年前、初めてここで出
 会った山形の破天荒な青年との友情の印。我々にリバーカヤックの本当の面白
 さを教えてくれたトガシという男は、地味なこの土地に新しい風を巻き起こし
 ていった。その風はサイクロン、トーネード、ロックイットというカヤックに
 姿を変えて、これからも円山川を渡り続けるだろう。

 サイクロンを車に積み直し、河原に向かった。一台の軽トラが止まっており、
 岸辺で投網を手繰っている男がいた。ハヤかウグイでも漁っているのだろうか。
 身支度を済ませサイクロンに乗り込む。半年ぶりのコクピットの感覚。スプレー
 をセットし、川に滑り込むときの少しの緊張感。ああ、またカヌーの季節が始
 まったなあ、そんな思いで最初のパドルを入れた。すのーべる淵には雪解けを
 集めた冷たい水が勢いを増して流れ込んでいる。二つの流れが合流するポイン
 トでは複雑なボイルが沸き立っている。慎重にフェリーグライドし、右岸寄り
 の水路に漕ぎあがった。強い流れの中でサーフィンを少し楽しみ、フェリーグ
 ライドやバウラダーの練習を幾度か繰り返した。水温はまだまだ冷たく、単独
 でもあったので無闇な練習はそこそこに切り上げて下流を目指すことにした。

 江原駅前交差点下の大きな右カーブに流れ込み、ゆっくりとパドルを回しなが
 ら周りの風景を楽しむ。満開の桜の中に一際濃い桃色はボケの花だろうか。ウ
 グイスの声が静かな川の中で一際美しく響き渡った。菜の花が揺れ、その向こ
 うで畑仕事に精を出す人の姿があった。フネの上から何度かルアーを投げてみ
 るものの、いつもの通りではあるが、まったくヒットしなかった。流れが山に
 あたって左に大きくカーブするところに、鳥の糞で白くなった岩があった。陸
 上からはアクセスできない断崖下の岩にフネを付けた。

 南に向いた日当たりの良い岩の上でビールを空ける。但馬中央山脈が景色の一
 番奥に横たわっており、所々に僅かな残雪が見えた。崖の急斜面に張り付くよ
 うに落葉樹の林があり、林床にはヤマブキの深い黄色が目をひいた。緩んだ土
 や小石が、時折上からパラパラと落ちてきた。目の前を左から右に一直線にカ
 ワセミが横切り、ツバメが川面をかすめて飛び去った。ルアーを投げ続けたが
 やっぱりヒットなし。嘲笑うかのように、大きな鯉が目の前の淀みから背ビレ
 を見せてすぐに消えた。1時間以上も日向ぼっこを貪ったろうか。やがて空に
 薄い雲が広がり、急速に厚みを増しながら太陽を隠して行った。

 再び下流に向かって漕ぎ出す。すぐにミクリの繁殖地の入り江。夏の川下りで
 毎年ここで細々と生き続けているミクリを見るのが楽しみだ。今年もその姿を
 見せてくれるだろう。左岸の溶岩の壁の下、スミレの花が沢山咲いていた。広
 いストレートを漕ぎ切ると再び流れは山にぶつかる。右の淀みはバス釣りのス
 ポットになっているらしく、岸辺で男がルアーを投げていた。しばらく私も試
 してみたが、すぐに諦めて止めた。

 鶴岡橋まで行ってUターン。橋のたもとの桜とぼんぼりが見えたが、その中か
 ら制服姿の数人が川を覗き込み、私に声を掛けてきた。服装は消防団のものら
 しかったが、どうやら花見の最中であったようだ。円山川でのリバーカヤック
 は、河口の円山川公苑のスクールを除いては馴染みの薄い光景である。彼らは
 どこから下ってきたのかなどと興味深げに私に尋ねた。沈没したら助けてくだ
 さいよと、面白くも無い冗談を返して彼らを見送った。いつもは静水域のこの
 コースも、今日はゆっくりではあるが確かな流れがあった。岸辺を選んで漕ぎ
 あがったが、それでも結構消耗した。パドルを入れる毎に運動不足が慢性化し
 た体の方々が疲労して行くのを感じた。最後のザラ瀬はライニングダウン。
 すのーべる淵を漕いで出艇地まで戻った。来た時に止まっていた軽トラがちょ
 うど立去ろうとしており、堤防の上では犬を散歩させる少年が見えた。すのー
 べる家のりょーべる君とレオだったのだろうか。

 上陸して片付けをしていると5時のチャイムが河原の空に響いた。月山ワイン
 杯のロゴ入りの金色のシェラカップで湯を沸かし、熱いコーヒーで体を温めた。
 すっかり天気は下り坂で、出艇したときの青い空はどこにも無かった。海から
 吹いてくる風は少し冷たかった。艇庫に戻るとボルボはまだ帰ってきておらず、
 サイクロンを棚の一番上に収めた。他の艇より短く、支柱がロッカーの部分に
 かかって少し不安定。ま、転げ落ちることもあるまい。下からホットレッド、
 オリーブグリーン、アクア、イエロー、ブルー。色とりどりのタジプリカヤッ
 クたちに見送られて、今年の初漕ぎを静かに終えた。

 
タジプリ艇庫  下から、Keowee2,Keowee2,Tornade,T-slalom,Cyclone
 【 行動日 】98年 4月 5日(日)  【 河 川 】円山川  【 流 域 】兵庫県北部  【 コース 】日高町江原(すのーべる淵)〜鶴岡橋往復  【漕行距離】約3Km  【 天 候 】晴のち曇り  【メンバー】たじまもり on Cyclone  【 タイム 】すのーべる淵 13:10 → 17:00  【 川情報 】・水量多し、ただし水温はまだ低い