国際交流 de 川下り/円山川
10時半現在で、レガシーの外気温計は32度を示していた。少し開けたウィ ンドウからニイニイゼミの高周波の音が入ってきた。連日の暑さで、一気に セミの羽化が進んだように感じた。顔に当たる熱い風は、もうすっかり夏の 匂いがした。 すのーべる邸では、当日夜からのニュージーランドからのホームステイのお 客様を迎える準備で大わらわだった。朝早くから、すのーべるさんはその準 備に追われていた。いつ訪問しても、アットホームに寛げるすのーべる邸で はあるが、すのーべる夫妻の陰の努力には頭の下がる思いである。そんな彼 らの人を迎える暖かい気持ちは、訪れる人の心に正しく伝わり、数え切れな いほどの交友関係をいつまでも維持してゆけるのだろう。それが彼ら夫婦の 一番の宝物なのだから。(と、持ち上げといて、っと(^^;) 11時に彼女たちはやってきた。こっちもハ〜イ!なんて手をあげるが、内 心は「これから一日、彼女たちと英語で過ごすのか…」と、なんとも言えず プレッシャーを感じているのだった。エンバとニッキーはニュージーランダー で、高校時代の同級生。どちらも日本に興味を持ってJETプログラムでやっ てきたALT(Assistant Language Teacher)だ。エンバは地元日高町で、ニッ キーは綾部で英語を教えている。ニッキーは朝早くの電車でこちらにやって きたという。若い二人はさっそくおしゃべりに花を咲かせている。 ようやくすのーべるさんの支度が整い、動き出したのがお昼。まずはガレー ジに行って道具の準備。彼女たち、突然Tシャツを脱ぎ始めて、水着から出 た肌にしっかり日焼け止めを塗り始める。フェイントをかまされたような場 違いな光景に動揺を隠しきれない親爺約2名。「ちょっと早いんじゃない」 すのーべるさんが日本語で呟いたが、伝わったかどうかは分からない。 上陸地点に車を置き、食料と飲み物を仕入れて再びガレージへ。すのーべる さんはトーネード、私はサイクロン、エンバとニッキーはキィウィ2。河原 まで艇を運び、いざ出発。母船キィウィ2には、昼の上陸地点でのお楽しみ のために、氷バケツの中にビールが冷やしてある。その他、食料やら水やら、 何もかも母船が運んでくれる。やっぱり、ツーリングにはキィウィ2の同行 だよなあ。時計はすでに13時を示していた。 ひたすらゆったり、のんびり、川を流れてゆく。時折、サイクロンの上から ルアーを投げるが、まったくヒットなし。それでも「昼飯には君たちのため にスペシャルディッシュを出してやるぜ」などとうそぶいてみせる。目的地 までに、何度か「何か釣れたか?」と聞かれたが、「魚がいないので、釣れ るわけが無い」と答えるのが精一杯であった。サイクロンの真横で、大きな 魚がジャンプし、彼女たちの失笑を買った。 人の近づけない入り江の水際に、今年もミクリが実を付けているのを確認し た。先週の台風の大水で泥をつけていたが、濁流の中でもしっかり根をはっ て流されずにいた。貴重な植物なだけに、毎年、同じ場所で育ってくれてい ることが嬉しい。彼女たちに、ミクリの説明をしようとするすのーべるさん であったが「栗って、英語で何て言うのだっけ」と私に問い掛けたまま、会 話は不成功のままに終わった。栗って、何て言うのだっけなあ。マロンじゃ 話が通じないことは分かっていたが… 土居堰堤を越える。いつもならここでライニングダウン用の細引きの登場で あるが、今日は違っていた。腰につけたレスキューベルト。そこから表に出 てベルクロで固定してある赤いパドルカラビナをバリっと引っ張る。そのま まカラビナをグラブループ(ハンドル)にカチッ。紐を出して艇を引っ張る。 やり方もスマートだし、レスキューベルトは何もヒトのために使うだけでな く、自分のためにも使えるのだ。この方法を教えてくれたのはT&Tさんで あるが、彼の言うことは理に適っていて一々納得してしまう。今日は、この レスキューベルトを使った堰堤越えを試してみたかっただけであるが、後で 本来の目的で使うことになろうとは、この時誰も思ってもみなかった。 堰堤下の右の水路に鮎釣り数名。我々は左からかわしてトラブルを避ける。 先にキィウィ2を行かせ、溶岩が川の中に点在する浅瀬を追いかける。瀞場 で追いつくと、彼女たちはすっかり水着姿であった。(^^; ライジャケは艇 の中。ライジャケだけは着用するよう説明するために艇を近づけたが、その 光景を目撃したすのーべるさんが、後にあらぬ風に吹聴していたことは心外 であった。(^^) 上ノ郷橋下は、沈下ブロックと、続く浅瀬のちょっとした難所。私が先行し て様子を確認し、本流のエディで待機した。すのーべるさんは中間地点で待 機。キィウィ2がブロックに引っかかって動かない。水深は浅く、水流も危 険レベルには無い。モタモタしているのを見かねたすのーべるさんが、艇か ら下りてサポートに向かう。艇を流れに戻し、ようやく彼女たちのキィウィ 2が本流に戻る。私の居るエディのすぐ下は左に突き出たコンクリートに流 れがぶつかっている。ライト、ライトと、RとLの発音の違いを意識しなが ら(^^;声をかける。無事通過して、すぐ先の小さな中州に上陸した。 毎回、このコースで昼食をとるのがこの中州。小さな中州であるが、南に向 いた砂利の小さな河原がお気に入りの場所だ。ここに座ると、すのーべるさ んはいつも詩人になる。南に開いた大きな風景を見ながら何か感動を言葉に していたが、いつものことなので聞き流す。お湯を沸かしながら、ギンギン に冷えた缶ビールを開ける。プシュ、カンパーイ、グビグビグビ… ひゃ〜〜〜〜ぁ、うめぇ〜〜〜〜。太陽がギラギラ照り付けて、どの顔にも 「うめぇ〜〜〜〜」の文字が書いてあった。 河原では熱いラーメンに決めているのだが、彼女たちにもこれは好評であっ た。NZでもカップラーメンはポピュラーだそうで、コックをして働いてい るというエンバのボーイフレンドは、家ではカップラーメンばかり食べてい ると笑った。汗を浮かべてラーメンをズルズルしながら、つたない英語で会 話を続けた。エンバはミクロネシアの歴史を専攻していて、島民のルーツは アジアにあることを興味深く語った。日本人の顔にも、ミクロネシア人と同 系の顔を見つけるという。遠い我々の祖先たちは、大海原を小さなカヌーで 渡ったのだろうか。 長いランチタイムの後で水遊び。英語でなんじゃかんじゃ(理解不能)言い ながら、水を掛け合う二人は若さが輝いている。母国を離れて、異国で生活 することを考えるだけで我々は腰が引けてしまうが、若いALTたちのエネ ルギッシュな生き方はいつも眩しい。今回のリバーツーリングも、実はエン バが提案してきたものだった。今月末に当地を去ることになっているエンバ のために、すのーべるさんと二人で下る予定を急遽変更して彼女たちを招待 したのだった。終わったあと、とても楽しかったと喜んでくれた二人であっ たが、実のところ、親爺二人で下るより何倍もの楽しみを我々に与えてくれ た彼女たちであった。 昼食後の30分の下りは、道路も家も見えない川風景だけの世界。静かに川 だけが流れている。やがて左に大きくカーブし、ザラ瀬の入り口に釣り人が 珍しそうにこちらを見ていた。ここから先の円山川は、ほとんど流れの無い 大河に変わってゆく。上機嫌のエンバとニッキーは、ポピュラーソングを歌 い始めた。知っている曲が出るたびに、すのーべるさんと私も歌に参加。 パドルの音がバックグラウンド。笑い声と歌声が、円山川の水にこぼれては 消えた。 総合運動公園前の中州でコーヒーにすることにしていた。手前に左の水路が あるが、私はいつものように本流を先行した。「こっちを回ってゆくから」 すのーべるさんのトーネードとキィウィ2が薮の中に消えた。私は先に中州 に上がって彼らの到着を待つ。ちょっと遅いなあ。彼女たちの歌声がかすか に聞こえ、やがてちょっとした悲鳴が上がった。しばらく時間があって、合 流地点にすのーべるさんが見えた。「お〜い、キィウィ2がチンしたよぉ」 その声は笑っていたので、危険な状況が起こったのでは無いことは直ぐに分 かった。説明によれば、調子良く歌いながら少し流れのある場所を下ってい て、左岸のブッシュに引っかかったらしかった。よほどリカバーがまずかっ たのか、珍しいキィウィ2の沈ではあった。 すぐにサイクロンで漕ぎ寄ったが、ゆっくり押し流される完全水船状態のキ ィウィ2になす術無しといった感じのすのーべるさんを見て、あわててレス キューベルトを取りに戻った。レスキューベルトを付け、水船キィウィ2の グラブループにカラビナを掛けた。ゆっくり押し流され続けるキィウィ2を 流れのほとんど無い本流に曳航し、少し上流の中州まで引っ張った。エンバ とニッキーは申し訳なさそうに歩いて中州まで戻ってきた。沈の様子を笑い ながら話してくれたが、私自身の中に、ちょっとまずかったかなあという自 責の気持ちも湧いて来たのは確かだった。今回の流失物。ポリバケツ1個。 エンバのTシャツ1枚。 コーヒーをすすりながら、すのーべるさんと先ほどのトラブルのことを話し 合った。彼は、その現場に居ながら、レスキューベルトを締めていなかった ことを後悔した。流れる水船を見ているだけで何も出来なかったと。ただし 今回の状況がもっと強い流れの中で起こっていたら、はたしてレスキューベ ルトは締めていたとしても、安全なレスキューが行えたかどうかは、今の我 々には判断できない。水船キィウィ2を瀬の中でレスキューベルトで捕捉す ること自体、とても無茶な行為にも思える。でも、レスキューベルトをその 場で持っているのとそうでないのでは、起こせるアクションがまったく違っ てくるということは確かだと思った。今回は、ゆるい流れの中で、しかも本 流が立って歩けるほどの浅い水深の安全な場所で、期せずしてレスキューベ ルトを本来の目的で使うことが出来た。次の日、みゅうさんのロックイット の進水式であったが、すのーべるさんがレスキューベルトを最初から最後ま で、しっかり締めていたのは言うまでもない。 ついでに語っておきたいことは、ヘルメットのこと。これもT&Tさんから の直伝であるが、乗艇のまま漂流者を助ける方法として、レスキューベルト のカラビナをヘルメットの顎紐に掛けて、ヘルメットを相手に投げてやる。 カラビナだけを投げても、漂流者がキャッチできなければおしまい。水中の 岩などにそれが引っ掛かりでもすれば、自分の方が危なくる。ヘルメットの 浮力を利用すれば有効なレスキューが可能だと教えられた。なるほどと思っ た。円山川でヘルメットなんか要らないと思ってきた。でも、当日のツーリ ングでは最初からヘルメットを付けて参加した。自分に役に立たなくても、 仲間を助ける道具になる。ヘルメット着用の新たな意味を知ったからである。 (と、安全の話を織り交ぜながら、いよいよラストシーンへ。長い!(^^;) 中州でのコーヒータイムの後はお昼寝(いや、夕暮寝)タイム。親爺2名と、 NZギャルが砂利に寝そべる。川を渡る南からの風が顔をくすぐって通りぬ ける。川の音と、少し離れた堤防を走る車の音が交じり合う。うとうとと 20分。もう17時を過ぎようとしていた。 最後は堤防から丸見え状態の川の上。3艇のカヌーの中に外国人らしき水着 ギャルを見つけてスピードを落とす車も居たに違いない。出石川が合流し、 いよいよ円山川は下流域のたたずまいを見せる。右岸に繁る柳の木が、円山 川の風景を今なお伝えている。柳の向こうは牧草地。広い河川敷は、数キロ 先の豊岡市街地の外れまで続いている。すのーべるさんは、この風景の中を 漕ぐのが好きだと言った。私もそう思った。堤防を車が走り、町並みが見渡 せても、なんか自分たちを運んでくれた川が、この風景の中の主役を演じて いることを川の中で感じることの悦びが沸いてくる。 上陸後、撤収作業をしながらの心地よい疲労感が体に嬉しい。さあさあ、こ の後はすのーべる邸に戻って、新しいNZのお客様のウェルカムパーティ。 エンバのアパートで二人を降ろした。エンバとニッキーの、日焼けした赤い 顔が笑った。"See you soon!" "See you!" 【 行動日 】97年 7月 5日(土) 【 河 川 】円山川 【 流 域 】兵庫県北部 【 コース 】日高町江原(すのーべる淵)〜豊岡市今森グラウンド 【漕行距離】約9Km 【 天 候 】晴 【メンバー】すのーべる on Tornado、エンバ&ニッキー on Keowee2 たじまもり on Cyclone 【 タイム 】すのーべる淵 13:00 → 今森グラウンド 17:30 【 川情報 】・土居堰堤、左魚道脇からポーテージ ・上ノ郷橋下沈下ブロック通過注意 ・コース上、鮎釣り少(漕行に影響なし) |