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春の出石川はサラサラと 5万図を広げながら、今度の行き先を出石(いずし)川にしようと思った。 円山川汽水域手前で合流する出石川は、かつては豊岡と出石を結ぶ水上交通 路として重要な役割を果たしてきたいう。また絶滅したニホンコウノトリが 昭和三十年代まで生活していた川でもあり、牛を遊ばせる農婦と一緒に写っ た出石川のコウノトリのポスターが、「共生」という流行りのキャッチフレ ーズの中で全国的に話題を呼んだ。そんな出石川をいつか漕ぎ下ってみたい と思いながら、長い間果たせないままでいた。 予定より少し遅れてタジプリ艇庫に着くと、アクアのインベーダーを縦積み にしたサニーカリフォルニアが止まっていた。Takao さんと漕ぐのもずいぶ んひさしぶりになる。すのーべる邸の庭には、昨年買って未使用のままの彼 のパドリングウェアが、色鮮やかに広げられていた。「今値札を取ったとこ ろなんだよ」とすのーべるさんが現れ、続いてTakao さんがにっこり登場し た。ちょうど一週間前、この裏で肩慣らしをした私以外は、今日が今シーズ ンの初漕ぎとなる。すのーべるさんは興奮のあまり、朝の5時から目を覚ま してウキウキしっぱなしという始末。 本日の行先を出石川にすることで合意し、艇庫で出発の準備にかかった。私 のレガシーにトーネード、サイクロン、インベーダーの3艇を積み、Takao さんの車と2台で出発した。まずはマーケットで食料の調達。いつものよう にラーメンと決まっていたが、今日はちょっと贅沢に缶詰のコーンを入れよ うと、安売りの山積みから一つをカゴに入れた。ウィンナー、チーズ、おっ とデザートにオレンジも付けてっと。 沿道の桜はほとんど散って、今は山のツツジやヤマブキの色が目につく。 鳥居橋左岸のたもとで車を止め、上陸地の偵察を行う。河川敷へ車が下りる 道があり、ここを本日のゴールポイントに決めた。着替えを済ませ、必要な 道具だけをレガシーに積み込んで上流へ向かった。車から見る出石川は水量 は十分にあるようだったが、ところどころに浅い場所もあり、幾度かのライ ニングダウンを覚悟した。しかし、実際にはその必要は一度もなく下り終え たのだったが。 ゴールポイントの鳥居橋上の河川敷で準備中 出艇地は、かつて私が密かに偵察を済ませていた場所であり、もっと上流か ら下ろうとヤル気満々のすのーべるさんを、Takao さんがなんとかなだめす かした。右岸の国道を走る行楽の車が、おそらく我々を見つけて車内の話題 を提供していることだろう。草堤防から艇をおろし、いよいよ出艇。 矢根地区の出艇地、食料運搬係はトーネード 水は奇麗で、川底まで見通せる。いきなり大きな鯉が出迎えてくれた。すぐ に本流に乗ってストレートのラピッド。先頭をゆくトーネードのすのーべる さんの嬉しそうな様子が伝わってくる。Takao さんはここのところ海ばかり 漕いでおり、川を下るのはずいぶん久しぶり。勘を取り戻すのに少し時間が かかるようだった。大きく右にカーブする瀞場は気持ちの良い場所だった。 いつも車から遠望しながら想像していた通りの風景があった。水面に覆い被 さるように枝を張ったサクラは葉桜に変わろうとしていた。迫った山の斜面 にはヤブツバキやヤマブキが咲いていて、林床にはスミレやショウジョウバ カマの紫色が目を引いた。 最初の堰堤を越え、その後もゆっくりとした流れに乗ってサラサラと下って 行った。いくつかの堰堤を越えたが、一ヶ所、大きな開口で落ち込んでいる 場所があり、すのーべるさんの不沈艇の先行で安全を確認した上で、残りの 二艇が続いた。最後に下りた私は左にバランスを崩しかけて、あやういとこ ろでリカバーした。桜並木の堤防下を過ぎ、上寺坂バス停を見上げる川岸の 草原でランチタイムにした。 いくつかの堰堤を越える。バックの山は東床尾山 ラーメンのお湯を沸かしながら缶ビールを開ける。酒は駄目なTakao さんは さっそく弁当をぱくつく。いつしか話はお互いの仕事に巡り、不惑の年代を 生きる我々高校の同級生3人の、それぞれの思惑が交差した。河原で妙な格 好して座り込む親爺たちを、奇異な目で振り返る対岸の車が行き交う。おそ らく、出石川をリバーカヤックが下るのは我々が初めてではないだろうか。 少なくとも、私は未だかつてこの川に浮かぶカヌーを見たことがなかった。 誰に邪魔されることなく、川という道を気ままに下る贅沢な自由を、今日も 我々は独占しているのだった。見上げる堤防に菜の花が揺れ、そばでカジカ がキョロロロと美しく鳴いた。 1時間以上も話し込んで、日はゆっくりと傾こうとしていた。再びフネの人 となり、サラサラと流れて行った。ウグイスが河原の木立で鳴き、名残りの モズがキチキチと鳴いた。ツグミの小さな群れが直線的に飛び、川面からは サギがゆっくりと舞い上がった。川岸からは我々の侵入に驚いたイシガメが、 せっかく乾いた甲羅をボチャボチャと水に潜らせた。少しばかり風が出てき たようだったが、半袖のパドリングジャケットから出した腕は相変わらず気 持ちが良かった。 人工護岸の無い岸辺は、本当に気持ちが良い 目の前に、ネコヤナギが行く手をふさいでいる小さな瀬が迫った。右寄りは 漕行不可能。左岸寄りに僅かに一艇がすり抜けられるほどの空間があり、ネ コヤナギとイバラのトンネルをトーネードがうまくすり抜けて行った。 「左にトゲがあるから気を付けて」と、左腕を傷つけたすのーべるさんが忠 告。できるだけ右寄りに進もうとして、案の定ネコヤナギに捕まってしまっ た。結構な流れが左ガンネルを沈めようと押し寄せてくる。なんとかリカバ ーしようともがいているところへ、Takao さんのインベーダーがつっこんで 来て共倒れ。かのサラリーマン転覆隊の言うところの「粗沈」と相成った。 胸まで浸かった水はそれほど冷たくなく、ニヤニヤしながら様子を見ていた すのーべるさんに向かって、「いやはや、初めての出石川で洗礼の儀式を受 けるのも、ま、礼儀でしょ!」と、照れ笑う二人なのであった。 ネコヤナギ粗沈の直後、水出しするTakaoさん 出石の街が近づき、コンクリート護岸が目に付いてきた。国道のパーキング 下では人工の石積みが親水の名の元にしつらえてあり、河原は重機によって 整地されていた。下ってきた川が、ここで一気につまらないものになって行 くようで悔しい。町中に入って二本目の橋の下、流れの中の障害物にヒヤリ としながら、街の中心を足早に漕ぎぬけた。左岸に古い杭が並び、石積みが あった。昔の人が残した治水の跡だろう。右岸の薮で葛を刈るモンペ姿のお ばさんが見えた。側を通過するとき、「気持ちよさそうねぇ」と汗を拭いな がら声を掛けてくれた。事実、我々はほんとうに気持ち良くここまで下って 来たのだった。 緩い右カーブを回ってゴールが見えた。左の薮からサギの群れが一斉に飛び 立った。この白い羽根の鳥がコウノトリだったら、さぞかし素敵だろうな。 遅れて飛び立ったゴイサギが、目の前に糞を落として一瞬の幻を消し去った。 急なコンクリート護岸に艇を付け、この日初めて使うレスキューベルトで艇 を引きずり上げた。腰に付けたちょっとした小道具が、こんな時でもずいぶ んと助けになってくれる。まだ持っていないTakao さんにも是非にと薦めた。 時刻は16時を少し過ぎて、風が少し冷たくなった。日に焼けた両腕と筋肉 の疲労感が心地よかった。 漕ぎ終わって充実感をかみしめる二人 すのーべるさんを残して車の回収に向かう道すがら、下ったばかりの出石川 を改めて眺めてみた。ランチタイムの草原は、我々の残した踏み跡がぽっか りとあり、その前を春の水がサラサラと流れていた。「いい川だったなぁ」 桜の花びらが舞い散る並木道の向こうで、出石川は山陰の中に静かに色を落 とそうとしていた。 【 行動日 】98年 4月11日(土) 【 河 川 】出石川(いずしがわ) 【 流 域 】兵庫県北部、円山川支流 【 コース 】矢根〜鳥居橋 【漕行距離】約11Km 【 天 候 】快晴 【メンバー】すのーべるさん on Tornade, Takaoさん on Invador, たじまもり on Cyclone 【 タイム 】矢根12:40 → 上寺坂13:45-14:55 → 鳥居橋16:10 【 川情報 】・堰堤越え6ヶ所ほど ・1級++の瀬が随所にあり楽しめる ・日野辺付近、細い水路のネコヤナギ粗沈(^^;注意 ・出石町内の橋下、障害物あり ・鳥居橋手前、左岸河川敷はゴール適地 ・5万図「出石」参照
5万図を広げながら、今度の行き先を出石(いずし)川にしようと思った。 円山川汽水域手前で合流する出石川は、かつては豊岡と出石を結ぶ水上交通 路として重要な役割を果たしてきたいう。また絶滅したニホンコウノトリが 昭和三十年代まで生活していた川でもあり、牛を遊ばせる農婦と一緒に写っ た出石川のコウノトリのポスターが、「共生」という流行りのキャッチフレ ーズの中で全国的に話題を呼んだ。そんな出石川をいつか漕ぎ下ってみたい と思いながら、長い間果たせないままでいた。 予定より少し遅れてタジプリ艇庫に着くと、アクアのインベーダーを縦積み にしたサニーカリフォルニアが止まっていた。Takao さんと漕ぐのもずいぶ んひさしぶりになる。すのーべる邸の庭には、昨年買って未使用のままの彼 のパドリングウェアが、色鮮やかに広げられていた。「今値札を取ったとこ ろなんだよ」とすのーべるさんが現れ、続いてTakao さんがにっこり登場し た。ちょうど一週間前、この裏で肩慣らしをした私以外は、今日が今シーズ ンの初漕ぎとなる。すのーべるさんは興奮のあまり、朝の5時から目を覚ま してウキウキしっぱなしという始末。 本日の行先を出石川にすることで合意し、艇庫で出発の準備にかかった。私 のレガシーにトーネード、サイクロン、インベーダーの3艇を積み、Takao さんの車と2台で出発した。まずはマーケットで食料の調達。いつものよう にラーメンと決まっていたが、今日はちょっと贅沢に缶詰のコーンを入れよ うと、安売りの山積みから一つをカゴに入れた。ウィンナー、チーズ、おっ とデザートにオレンジも付けてっと。 沿道の桜はほとんど散って、今は山のツツジやヤマブキの色が目につく。 鳥居橋左岸のたもとで車を止め、上陸地の偵察を行う。河川敷へ車が下りる 道があり、ここを本日のゴールポイントに決めた。着替えを済ませ、必要な 道具だけをレガシーに積み込んで上流へ向かった。車から見る出石川は水量 は十分にあるようだったが、ところどころに浅い場所もあり、幾度かのライ ニングダウンを覚悟した。しかし、実際にはその必要は一度もなく下り終え たのだったが。 ゴールポイントの鳥居橋上の河川敷で準備中 出艇地は、かつて私が密かに偵察を済ませていた場所であり、もっと上流か ら下ろうとヤル気満々のすのーべるさんを、Takao さんがなんとかなだめす かした。右岸の国道を走る行楽の車が、おそらく我々を見つけて車内の話題 を提供していることだろう。草堤防から艇をおろし、いよいよ出艇。 矢根地区の出艇地、食料運搬係はトーネード 水は奇麗で、川底まで見通せる。いきなり大きな鯉が出迎えてくれた。すぐ に本流に乗ってストレートのラピッド。先頭をゆくトーネードのすのーべる さんの嬉しそうな様子が伝わってくる。Takao さんはここのところ海ばかり 漕いでおり、川を下るのはずいぶん久しぶり。勘を取り戻すのに少し時間が かかるようだった。大きく右にカーブする瀞場は気持ちの良い場所だった。 いつも車から遠望しながら想像していた通りの風景があった。水面に覆い被 さるように枝を張ったサクラは葉桜に変わろうとしていた。迫った山の斜面 にはヤブツバキやヤマブキが咲いていて、林床にはスミレやショウジョウバ カマの紫色が目を引いた。 最初の堰堤を越え、その後もゆっくりとした流れに乗ってサラサラと下って 行った。いくつかの堰堤を越えたが、一ヶ所、大きな開口で落ち込んでいる 場所があり、すのーべるさんの不沈艇の先行で安全を確認した上で、残りの 二艇が続いた。最後に下りた私は左にバランスを崩しかけて、あやういとこ ろでリカバーした。桜並木の堤防下を過ぎ、上寺坂バス停を見上げる川岸の 草原でランチタイムにした。 いくつかの堰堤を越える。バックの山は東床尾山 ラーメンのお湯を沸かしながら缶ビールを開ける。酒は駄目なTakao さんは さっそく弁当をぱくつく。いつしか話はお互いの仕事に巡り、不惑の年代を 生きる我々高校の同級生3人の、それぞれの思惑が交差した。河原で妙な格 好して座り込む親爺たちを、奇異な目で振り返る対岸の車が行き交う。おそ らく、出石川をリバーカヤックが下るのは我々が初めてではないだろうか。 少なくとも、私は未だかつてこの川に浮かぶカヌーを見たことがなかった。 誰に邪魔されることなく、川という道を気ままに下る贅沢な自由を、今日も 我々は独占しているのだった。見上げる堤防に菜の花が揺れ、そばでカジカ がキョロロロと美しく鳴いた。 1時間以上も話し込んで、日はゆっくりと傾こうとしていた。再びフネの人 となり、サラサラと流れて行った。ウグイスが河原の木立で鳴き、名残りの モズがキチキチと鳴いた。ツグミの小さな群れが直線的に飛び、川面からは サギがゆっくりと舞い上がった。川岸からは我々の侵入に驚いたイシガメが、 せっかく乾いた甲羅をボチャボチャと水に潜らせた。少しばかり風が出てき たようだったが、半袖のパドリングジャケットから出した腕は相変わらず気 持ちが良かった。 人工護岸の無い岸辺は、本当に気持ちが良い 目の前に、ネコヤナギが行く手をふさいでいる小さな瀬が迫った。右寄りは 漕行不可能。左岸寄りに僅かに一艇がすり抜けられるほどの空間があり、ネ コヤナギとイバラのトンネルをトーネードがうまくすり抜けて行った。 「左にトゲがあるから気を付けて」と、左腕を傷つけたすのーべるさんが忠 告。できるだけ右寄りに進もうとして、案の定ネコヤナギに捕まってしまっ た。結構な流れが左ガンネルを沈めようと押し寄せてくる。なんとかリカバ ーしようともがいているところへ、Takao さんのインベーダーがつっこんで 来て共倒れ。かのサラリーマン転覆隊の言うところの「粗沈」と相成った。 胸まで浸かった水はそれほど冷たくなく、ニヤニヤしながら様子を見ていた すのーべるさんに向かって、「いやはや、初めての出石川で洗礼の儀式を受 けるのも、ま、礼儀でしょ!」と、照れ笑う二人なのであった。 ネコヤナギ粗沈の直後、水出しするTakaoさん 出石の街が近づき、コンクリート護岸が目に付いてきた。国道のパーキング 下では人工の石積みが親水の名の元にしつらえてあり、河原は重機によって 整地されていた。下ってきた川が、ここで一気につまらないものになって行 くようで悔しい。町中に入って二本目の橋の下、流れの中の障害物にヒヤリ としながら、街の中心を足早に漕ぎぬけた。左岸に古い杭が並び、石積みが あった。昔の人が残した治水の跡だろう。右岸の薮で葛を刈るモンペ姿のお ばさんが見えた。側を通過するとき、「気持ちよさそうねぇ」と汗を拭いな がら声を掛けてくれた。事実、我々はほんとうに気持ち良くここまで下って 来たのだった。 緩い右カーブを回ってゴールが見えた。左の薮からサギの群れが一斉に飛び 立った。この白い羽根の鳥がコウノトリだったら、さぞかし素敵だろうな。 遅れて飛び立ったゴイサギが、目の前に糞を落として一瞬の幻を消し去った。 急なコンクリート護岸に艇を付け、この日初めて使うレスキューベルトで艇 を引きずり上げた。腰に付けたちょっとした小道具が、こんな時でもずいぶ んと助けになってくれる。まだ持っていないTakao さんにも是非にと薦めた。 時刻は16時を少し過ぎて、風が少し冷たくなった。日に焼けた両腕と筋肉 の疲労感が心地よかった。 漕ぎ終わって充実感をかみしめる二人 すのーべるさんを残して車の回収に向かう道すがら、下ったばかりの出石川 を改めて眺めてみた。ランチタイムの草原は、我々の残した踏み跡がぽっか りとあり、その前を春の水がサラサラと流れていた。「いい川だったなぁ」 桜の花びらが舞い散る並木道の向こうで、出石川は山陰の中に静かに色を落 とそうとしていた。 【 行動日 】98年 4月11日(土) 【 河 川 】出石川(いずしがわ) 【 流 域 】兵庫県北部、円山川支流 【 コース 】矢根〜鳥居橋 【漕行距離】約11Km 【 天 候 】快晴 【メンバー】すのーべるさん on Tornade, Takaoさん on Invador, たじまもり on Cyclone 【 タイム 】矢根12:40 → 上寺坂13:45-14:55 → 鳥居橋16:10 【 川情報 】・堰堤越え6ヶ所ほど ・1級++の瀬が随所にあり楽しめる ・日野辺付近、細い水路のネコヤナギ粗沈(^^;注意 ・出石町内の橋下、障害物あり ・鳥居橋手前、左岸河川敷はゴール適地 ・5万図「出石」参照