我が家に居候した後、別のホームステイ先で過ごしていた米国の友人 J.R.
Smith(以下、JR)と思いがけず再会することになり、彼のリクエストに応え
る形で久しぶりに山に入った。
阿瀬渓谷駐車場には先客4台の車。身支度を整えて11時30分に歩き出す。
いつも通りの我が家のペースではあるが、蘇武岳登頂を目指す今日ばかりは
出発が遅すぎた。関東地方に大きな水害をもたらしながら、なおも迷走を続
ける台風4号の影響もあってか、空にはすっきりしない雲が流れていた。
天候と気分次第では、登頂を諦めて引き返す覚悟であった。
源太夫滝を遠望し、思案橋を左に見送る。倒れ岩の説明を、右手の崖を示し
ながら下手な英語でJRにすれば、すかさず正しい英語で説明しなおされる。
山歩きをしながら英語の勉強というのも乙なものである。
阿瀬渓谷駐車場の案内板
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源太夫滝を望む
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らかん橋を渡れば、いよいよ山道といった趣きである。右下に渓流の音を涼
やかに聞きながら、道は緩やかに続く。観光用に付けられた48滝の案内板を
数えながら歩く。「乙女滝」の看板に気付いて、「バージン・フォール」と
教える。「フンフン!?」とJR。(通じとるんかいな ^^;) 次に「不老滝」
ときた。不老かぁ。出任せに「エバーグリーン・フォール」と言ったあと、
不老とは歳を取らないことだと日本語で説明する。意味を解したJRが「エバ
ーラスティング」と訂正してくれた。勉強、勉強。(笑)
3年前の夏、JRが来日した折りに我が家と一緒に遊んだ竜王滝の分岐を右に
見送り、不動滝の登りにかかる。登山道に覆い被さる大きなトチの木は、早
くも沢山の実を落としていた。この登りを終えると、いつもの我が家の阿瀬
渓谷コースは終ったようなものであるが、今日は先が長い。
らかん橋を渡る
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不動滝のトチの木
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不動尊で一休み。妻たじまが目の前の木の異変に気付いた。葉が茶色く枯れ、
幹はおが屑のような木の粉をふいていた。「何だろうね?」「病気かなあ?」
あっちの山を見てという妻たじまの指の向こうには、同じように葉を枯らし
た木が緑の山肌の中に点点と見えていた。JRが「アシッド・レイン?」と言
ったが、多分そうではないだろう。詳しいことは分からないけど、いつもと
違う何かがこの谷に起ったようであった。
不動尊からしばらく湿地帯を歩く。春にザゼンソウを観察した場所も、すっ
かり夏草に被われていた。先行のJRとこたじま/YUUが新しい動物の足跡を見
つけた。見ればシシガミの(笑)、いや、シカの足跡。発情の始まったシカ
が、活発に動き回っているのであろう。
不動尊への登り
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不動尊周辺の異変
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湿地帯を抜けて潅木林の中をゆけば、ゲンノショウコ、ミズヒキ、ツリフネ
ソウなどのお馴染みの花が目に付く。ヤマジノホトトギスは一際目立つ存在。
薄暗がりの中で白に紫のごまだらが美しい。
廃村金山に入ると、見る度に朽ちて行く分校跡の建物が、屋根が破れて倒壊
寸前の状態におかれていた。来年の春まで持つだろうか。30年近くもの間、
ここを訪れるたびに迎えてくれた分校が無くなってしまうのは寂しい。
ヤマジノホトトギス
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崩壊寸前の分校跡
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草ぼうぼうの分校前の広場をやり過ごし、廃村奥の大きな平岩の上でランチ
タイムとした。まずは横の渓流で顔を洗う。澄んだ冷たい水が気持ち良い。
リュックの500mlポリ容器のぬるいお茶を、各自一斉にここで冷やす。
天候は少し回復したようで、薄い雲はあるものの明るい空の下、渓流沿いに
吹く風は爽やかであった。蘇武岳山頂までここからざっと2時間と予測し、
時計を見て何とかやれそうだと判断。ランチを終え、先を急ぐことにした。
谷が狭まり、岩を越え、右に左に何度か木橋を渡る。夏草をかき分けて進め
ば、顔の周りに虫がまとわり付いてうるさい。フシグロセンノウのオレンジ
色が鮮やかで、時折日もこぼれる空にはアカネが舞っていた。
渓流横でランチタイム
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フシグロセンノウ
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名前の付いた最後の滝、満願滝を過ぎると、右の斜面に沿って道が続き、ス
ギ植林の暗がりを詰めて林道に飛び出た。まだ林道も無かった頃、当時高校
生だった妻たじまとここを訪ねたのは20年以上も前の話。あの頃の話をし
ながら、腐れ縁を懐かしんだ。相変わらずうるさいこたじま達を窘めつつ。
金山峠のお地蔵様から登山道が尾根に続いている。アップダウンの続くマニ
アックなコースであるが、本日はパスして林道をのんびり歩くことに。
金山峠直前の杉林を行く
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金山峠
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林道からは西の見晴らしがよい。眼下の村岡の谷越しに、向かいの瀞川平の
山並みがあり、斜面に沿って黄緑の棚田が幾何学模様を描いている。南から、
スカイバレー、ハチ北。西にニューおじろスキー場のゲレンデが見える。
氷ノ山、扇ノ山は雲の中。雲が多く大した景色ではなかったが、北から南に
かけて5枚の写真を撮り、帰ってからフォトレタッチソフトでパノラマに合
成してみた。
林道より村岡の谷を望む(パノラマ習作)
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緩い傾斜の続く林道歩きも楽ではなく、次第に下半身に疲労を感じてきた。
山頂直下の東屋が谷を隔てて遠くに見え、なかなか近づかないのが苛立たし
かった。変化を付けるために、こたじま二人を伴って法面から登山道へ入る。
ところどころ草が覆い被さっているものの、道はしっかりしており、喘ぎな
がら小ピークを一つ越えたところで林道の東屋の合流ポイント。涼しい顔し
てJRと妻たじまが待っていた。おとなしく林道を歩くのだったと後悔。
ここから尾根を歩くこと15分あまり。最後の登りでは完全にバテバテで、脇
のツリガネニンジンを愛でる余裕もなく、ヨタヨタと山頂に辿り着いた。
雲の中の静かな山頂は我々だけのものであり、レジャーシートを広げてコー
ヒーを沸かした。昨年だかに整備された山頂は、古い登山記念プレートなど
がすべて撤去され、新しい標識と、地面には方位盤が埋め込まれていた。
北西に加賀の白山が示されているのが気になった。
それにしても、性懲りもなく新しい記念プレートが立てられているのが目障
りである。それも地元但馬の役場や中学校の登山大会と記してあるから情け
ない。犬の小便でもあるまいし、残すのは足跡だけで良かろうにと思う。
また、誰が上げたのか小さな地蔵が置いてあり、賽銭が沢山投げてあった。
こたじま/GENが50円玉を見つけてかっぱらおうとするのを叱れば、JRが記念
のクォータ(25セント硬貨)をそっとそこに置いた。国際親善のために、この
置き土産はまあ善しとしよう。(^_-)
無展望の蘇武岳山頂
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山頂の方位盤
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15時45分、熱いコーヒーで人心地ついたところで、来た道を取って返す。
右の薮の中で動物の息遣いがしたが、鹿だったのだろうか。尾根のカシワや
カラマツの緑も、もう夏の色から変わろうとしていた。涼しい風が、林道脇
のススキの若い穂を揺らした。北を振り返れば、日本海の水平線が目の高さ
でぼんやり弧を描いて浮かんでいた。
金山峠でJRが一人で先に下るのを見送ってから、暮れかかる谷を家族4人で
ゆっくりと下りて行った。右膝の筋がまた痛み出し、枯れ枝の杖に頼りなが
ら下る自分がちょっと情けない。今度ストックを買わないといけないなあと
口に出せば、同じ道をかつて妻たじまと歩いた若き日の思い出が一気に遠い
もののように感じられ、急に寂しくなった。
谷の狭い空には青空があって、うろこ雲が広がっていった。源太夫滝まで下
りると、こたじま達が競って走り出した。重い足を引きずりながら駐車場に
近づけば、JRが少し心配そうに腕時計を見ながら歩いてきた。「何時に着い
た?」と聞けば「5時半」だと。自分の時計を確認すれば、針はもう6時半
を回ろうとしているのだった。谷はすっかり影の中に紛れようとしていた。
「Good walk!」
「Yes, とっても楽しかったよ」、JRが笑顔で応えた。
そして、今年の夏が終った。
【 登山日 】98年8月29日(土)
【 目的地 】蘇武岳(1074m)
【 山 域 】兵庫県但馬山岳
【 コース 】阿瀬渓谷から金山峠を経て山頂ピストン
【 天 候 】曇り
【メンバー】J.R.Smith,たじまもり,妻たじま,こたじま/YUU&GEN
【 マップ 】エアリアマップ「氷ノ山」
【 タイム 】阿瀬渓谷P11:30 → 思案橋11:40 → 不動尊12:07-15 →
廃村12:35 → 昼食12:45-13:15 → 金山峠13:58-14:05 →
蘇武岳15:25-45 → 金山峠16:40-45 → 昼食場所17:25-30 →
廃村17:40 → 不動尊18:00 →阿瀬渓谷P18:30
○▲▲たじまもり▲▲☆
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