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山に抱かれて眠る、蘇武岳



蘇武岳からの夕景

耀山集落を抜け林道に入る。シーズン中は鳥や蝶の観察に使い慣れた道。夕暮
れが迫っても不安はない。路肩の立看板に目をやる。林道の舗装工事で全面通
行止めとなっている。夜間は大丈夫だろうし、工事の邪魔になるようであれば
引き返しを決めてそのまま進む。

今晩のキャンプ地は蘇武岳ピークの南に位置する林道脇の東屋。ここまでの走
行では工事現場はなく、安心してテントを張った。もちろん、酔狂な登山者は
私たちだけ。西に開けた大展望を、東屋のデッキから眺める。空の色が落ちる
と、それまで気づかなかった三日月が山の端に掛かろうとし、海にはポツポツ
と漁火が灯り始めていた。(トップ写真)

夕食は東屋のテーブルで焼肉。オージービーフではあったが、山で食うものは
何でも美味い。一度工事のトラックが急いで下りて行った。この先が現場のよ
うであった。天気は下ってきており、昨晩のような星空は期待できそうもなかっ
た。眼下の国道9号線の車のライトの流れをぼんやり眺める。それぞれの人た
ちの、それぞれの時間が過ぎている。今、私たち夫婦は、蘇武の山懐に抱かれ
早い眠りにつこうとしているのだ。

夜が進むにつれ雲が空を覆い、風もときおり強く吹き出した。氷ノ山歩きで疲
れた体は眠りを求めていた。前夜より早く、私たちはシュラフの中で深い眠り
に入っていった。シカの声を遠くで聞いただけで、獣の気配を近くで感じるこ
とはなかった。夜中の2時半に弱い雨音で目覚め、雨をしのぐために東屋の軒
下にテントを移動させた。しかし雨はそれ以上強まることなく、我々は8時過
ぎまで再びぐっすり眠った。

本日の山はすぐそこなので、急ぐこともない。ゆっくりと朝を過ごす。工事の
ダンプや、ショベルカーを摘んだ大型トラックがエンジンをうならせて通り過
ぎていった。テントを撤収し、歩き出したのが10時前。曇り空ではあったが、
雨はまだ大丈夫の様子だった。

山道をゆっくり登りながら目につく花を撮る。ママコナウメバチソウ。頭の
上にはヤマボウシの赤い実。足元のキノコはドクベニタケだろうか。これはす
ぐに名前が出てきたキツネノエフデ。枯葉をそっとどかして玉を出して撮影し
たのがコレ。地上に生えたペニスのようである。先端の黒い部分は虫寄せのた
めに悪臭を放つらしいが、マクロ撮影で接近したが臭いは気にならなかった。
ツルリンドウ、くたびれたヤマジノホトトギスホコリタケ、この赤い実は
ズミだろうか?

1時間の歩きで蘇武岳山頂1074m。林道の路肩に個人名の小さなプレート
が延々と続いていたのを不思議に思っていたが、この看板を見て納得した。
さて、背中の父を下ろし、山頂広場の潅木の根元を掘って、その中に2番目の
散骨を済ませた。そばに咲いていたツリガネニンジンが手向けの花だ。

この山頂には高校時代に山で亡くなった友、吉田の遺品も眠っている。高校の
教え子でもあった吉田に、父はきっとここで再会しているだろう。二人で豊岡
盆地を見下ろしながら、虫談義に花を咲かせているのかも知れない。

北側の急斜面を降りる。途中センブリの可愛い花を見つけてレンズを向けた。
10分足らずで林道に降り立つ。重機を運んだトラックが路肩に止まっていた
ので、この先で工事が行なわれている様子だった。アキノチョウジに気をとめ
たくらいで、あとは淡々と歩く。20分ほどで東屋に帰還。2時間ほどの周回
トレッキングだった。

残り物の食材でお昼を済ませ、妻は食後にゆっくり過ごす間、私は再び山道に
入って南側の小さなピークを一つ越えて散策。雨がパラパラと落ちてきた。
林道を耀山に下山し、国道9号線沿いの村岡温泉で汗を流してから帰路につい
た。

本当に久しぶりに夫婦だけで山に泊まった。考えてみれば、新婚旅行の屋久島
以来のことではないだろうか。子育てから開放され、また夫婦だけの時間が戻っ
てきた。普段の生活を離れ、山の中でゆっくり過ごしてみると、そのことが改
めて実感されるのである。二つの山に抱かれて眠った二つの夜を、私たちは忘
れることはないだろう。そこには、下界とは違った時空が存在し、その中に身
を置くことでしか得られない、たおやかな感動があった。また山で泊まりたい
ね。そんな会話を車の中で交わしながら、現実の世界へと引き戻されてゆくの
であった。

※撮影:D90+SIGMA10mm,SP90mm

 【 登山日 】09年9月21日(月)〜22日(火)
 【 目的地 】蘇武岳(1074m)
 【 山 域 】但馬
 【 コース 】ピーク南の東屋から時計周りに周回
 【 天 候 】曇り
 【メンバー】たじまもり夫婦
 【 マップ 】持たず(エアリアマップ「氷ノ山」参照)
 【 タイム 】東屋P9:50…蘇武岳山頂10:50…11:10…東屋P11:40