「気持ちいいわね。心が洗われる気がする」
「ほんと。癒されるな」
サクサクとブナの落ち葉を踏みしめながら、妻たじまと短い言葉を交わした。
葉を落としたブナの梢からやわらかな日差しがこぼれて、ブナの小径は白く
輝いている。
今年もやってきた。ここ数年来、この季節の扇ノ山は我が家の恒例となって
いる。昨年は思いがけない雪に迎えられたし、その前々年はブナの実が大豊
作だった。いつ歩いても、その時々の表情で迎えてくれるこの森は、私達の
大好きな森である。
今年のブナの森は実りも無く、葉の色も美しくない。でも、人間の勝手な価
値観で森を見てはいけない。自然の織りなす大きな営みの中に、己の無力を
知るだけで十分なのだ。
オブジェの森にて
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大ズッコの若いブナ
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大ズッコを越える頃、空はますます青く、光を透かしたカエデが色鮮やかだ。
畑ヶ平分岐を過ぎ、展望台で鳥取の街を見下ろす。霞んでいるが日本海があ
り、説明板と照らしながら砂丘や湖山池を確認する。
カエデが美しい
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山頂手前の展望台
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ブナ倒木のアーチをくぐって、今日は一際賑やかな山頂に到着。我が家にとっ
ては、扇ノ山歩きで山頂でランチタイムという快挙は初めてのことだった。
自宅から車で2時間という長いアプローチのお陰で、毎回のように小ズッコ
小屋での昼飯というスタイルに甘んじていた。今日ばかりは、妻たじまの朝
のスピーディな行動が功を奏した。もっとも、行事に出掛けた上の子二人の
ために、早朝から弁当作りに励んだお陰ではあったのだが。
若者グループや中年グループ、楽しいお弁当とお喋りが続く山頂。二日前の
氷ノ山以上に、この山が鳥取県の山であることを、会話の訛りからも感じる。
小屋の前のベンチで我々も弁当を広げる。今日は妻たじまの握ったオニギリ。
ここのところ続いたインスタントな弁当に比べて、なんと美味しいことか。
お湯が沸いて、味噌汁とラーメンをこしらえる。ポカポカ陽気の山頂である
が、暖かいものはやっぱりご馳走だ。
こたじま/GENに、目の前に聳える氷ノ山を説明してやる。
「あそこのポコっと出ているところ。ゲンが登ったコシキ岩だ」
一昨日は二人して震え上がった氷ノ山山頂も、今日は大賑わいの人が思い思
いの時間を過ごしているのだろう。
別のベンチの一団がビールを開けている。
それを見た妻たじまが「ビール、飲みた〜い!」
今度はきっとビールを持って上がろうと約束する。
扇ノ山山頂から見る氷ノ山
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山頂避難小屋をバックに
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鳥取訛りの若者グループの一団が下った後、少し時間を空けて我々も山頂を
後にする。登りと同じ道は、太陽を背にしてさらに明るく輝いた。大ズッコ
を越え、小ズッコの森に入るとブナの森はますます美しく、来た時以上の癒
しを森が与えてくれるようだった。
ふと、「焼き肉の匂いがしない?」と妻たじま。この森の周りは伐採された
開拓農地であることから、そのあたりで誰かがバーベキューでもしているの
かなと話ながら下る。すぐに、目の前で煙が上がって、親爺が道端に座り込
んで肉を焼いているところに出くわした。ガスバーナーで鶏肉を網焼きしな
がら、チビリチビリとやっているのだった。通りすがりに「よろしいなあ」
と声を掛ければ、「どうも… 煙だけで申し訳ない」と親爺。この親爺も、
きっとこの森が好きなのだろう。大好きな森に抱かれて、心を満たし、お腹
も満たすって寸法か。今度私も真似てやろうっと。
小ズッコのブナ小径
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森に癒される
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小ズッコのブナの巨木が群生するあたりで、我が家もコーヒータイムとする。
ここのブナは大きな生命力を感じる。ツタやヤドリギを従えて、森の長老達
の集う場所といった感じだ。熱いコーヒーを啜りながら、目の前の変形ブナ
に跨って遊ぶこたじま/GENを見守る。キミは片足駝鳥のエルフに乗った勇者
のようだぞ!(だが、勇者はピースをしないもんだ)
小ズッコのブナ巨木群
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ブナに遊ぶ
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外装改修の終った小ズッコ小屋に、今回は立ち寄ることはしなかった。小屋
の中には相変わらずのダルマストーブがあるのだろうし、これからの季節に
山を目指す人のために準備を整えているだろう。3・4mの積雪に埋もれる
この小屋の様子は、私には想像の世界でしかないのだが。
小屋からわずか150mの登山口まで戻れば、出発したときと同じ車がまだ止め
られていた。林道のコーナーに路上駐車したが、今後は少し手前の路肩に設
けられた駐車スペースに入れるのがよかろう。登山目的以外にも、この林道
を利用する車が多い。出発の準備をしているときも、何台かの紅葉狩りの車
が通り過ぎて行った。
小ズッコ小屋
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駐車地点に戻る
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上山高原から海上へ下りる林道を運転するたびに、「スカイライン」という
言葉が思い浮かぶ。北の天空に向かって延びる道のようで気持ちがよい。
右手の尾根には登山道があって、今では利用者も減ったが、青下や海上から
の健脚登山者を迎え入れる。その尾根は、今、鮮やかな紅葉で彩られている。
コーナーを切ると、眼下に海上の人々の生活が見えた。谷を這い上がる棚田
や冬の豪雪の中で、逞しく生きる人たちの生活がここにある。
素晴らしい一日に感謝しながら、森を後にした。
林道から見る向かいの尾根
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海上の谷を望む
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【 登山日 】98年11月3日(火)
【 目的地 】扇ノ山(1310m)
【 山 域 】因但国境
【 コース 】小ズッコ小屋から山頂ピストン
【 天 候 】快晴
【メンバー】妻たじま, こたじま/GEN, たじまもり
【 マップ 】エアリアマップ59「氷ノ山」
【 タイム 】自宅8:50 → 小ズッコ登山口10:50-11:00 →
中国自然歩道合流11:10 → 大ズッコピーク11:45 →
山頂12:05-12:50 → 小ズッコ登山口14:15
○▲▲たじまもり▲▲☆
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