秋雪に静むブナの森/扇ノ山


 海上林道を上り切ると視界が開けた。上山高原はすでに晩秋の佇まいを漂わ
 せ、無彩色の緩やかな風が時々舞った。扇ノ山の山肌の白い色は雪だった。
 高原を過ぎると林道脇に雪が目立ちはじめ、ついには路上の雪を蹴りながら
 の走行になった。いつもの登山口には4台の車。

 身支度をしながら、妻たじまとこたじま/GENの装備の不備を後悔した。私以
 外はスニーカーだった。せめて長靴を積んでおけば、今日の山歩きも楽しい
 ものになったろうに。まさか、こんなに積雪しているとは、平地では想像も
 していなかったのだ。

 雪に覆われた山道をわずか歩いたところが小ズッコ小屋。そばで父子が雪合
 戦をしている。「あんな格好じゃないと、今日の山は登れないよ」 父が息
 子に説得する声が聞こえた。確かに、私も妻たじまもニッカー姿ではあるが、
 足元まではチェックできなかったようだ。小屋に入ると3人の先客が迎えて
 くれた。鳥取からの登山者らしかったが、様子から見て山歩きが目的ではな
 いらしい。缶ビール、日本酒のパックが並び、だるまストーブには火が入っ
 ていた。前回来た時には無かった古絨毯が板間に敷かれて、今なお利用者が
 多い小屋であることを窺い知る。鳥取県によって最近建てられたモダンな山
 頂小屋より、古いけどいかにも山小屋といった小ズッコ小屋が私は好きだ。

 片隅でカップラーメンを作って食べる。酔いの回った親爺から息子に焼き肉
 の差し入れ。腹ごしらえが出来たところで、小屋の外に出てこたじま/GENと
 雪合戦に興じる。積雪量は5・6cmといったところか。昨日降った雪のよ
 うだ。山に向かう道も真っ白だ。踏み跡から結構な人数が山に入っているこ
 とが予想された。宴会親爺たちの話からも、20人くいらいの団体が登って
 いったらしい。行けるところまで行って引き返すか。とりあえず小ズッコの
 ブナ林まで行ってみよう。無風、晴れ、足元を除けば最高のコンデションだ。

 雪に残された踏み跡を頼りに、ゆっくり高度を上げる。すでに妻たじまとこ
 たじま/GENの靴の中は悲劇的な状況になっているらしく、こたじま/GENはい
 たって不機嫌である。私のゴアの新しい登山靴は二度目の使用であるが、雪
 道という思いもよらぬ状況下での性能を試すことになった。スパッツを付け
 ていないので、多少の雪の侵入は避け難いものの、最後まで非常に快適に歩
 くことができた。

 河合谷登山口からの道と合流し、踏み跡はさらに数を増した。幾人かの下山
 者とすれ違う。それなりの装備の人が多いが、スニーカー組もチラホラ。後
 続の二人が「もののけ姫」の歌を口ずさむ。扇ノ山のこの森も、かつては人
 を寄せ付けぬ「怖い森」だったに違いない。今はモヒカン刈りのごとく、稜
 線上に僅か残されたブナ林の中に、その怖さは感じられない。樹間から見え
 隠れする高原野菜の畑に、人の匂いを感じずにはいられない。

 小ズッコのブナ林は、初めて見る雪の森であった。「片足ダチョウのエルフ」
 の木がいつものように迎えてくれた。今日の山遊びはここまでにしよう。白
 一色に広がった林床の光を反射して、ブナの木肌がなお一層白く輝いていた。
 見上げれば、ブナの梢はわずかばかりの葉を残して、すっかり冬の佇まいを
 まとっていた。雪の中でコーヒーを沸かす。ペットボトルの水に森の雪を少
 し入れて、本日限りのスペシャルコーヒー。雪の上に置いたガスコンロは、
 火力が著しく弱い。長い時間をかけてようやくお湯が沸いた。
小ズッコの森  片足ダチョウのエルフの下で
 人心地ついたところで腰を上げる。「私たちは二人で下りるから、せっかく  だから登ってくれば?」 妻たじまの提案で、一人山頂に向かうことにした。  「OK!30分で山頂に着くからね」 と別れた手前、とにかく山頂に向か  って黙々と足を速める。大ズッコ手前の若いブナの林立する景色が美しい。  大ズッコの登りにかかると、例の一団と思われる中高年グループがドヤドヤ  と下ってきた。しばし森の中が姦しい。大ズッコのピークで、着ていたフリ  ースジャケットを脱ぎ息を整える。  大ズッコを駆け下り、最後の登りにかかる。息が上がり苦しい。途中、新し  く鳥取方面の展望デッキが設けられていた。開けた北西方向の展望が素晴ら  しいが、午後の空気に霞んでいる。日本海の海岸線や小山池の縁取りが認め  られる。遠く空に溶けかかって見えているピークが大山だろうか。畑ヶ平へ  の分岐を過ぎれば山頂は目前。ブナの倒木のアーチが、いつものゴールゲー  トだ。  二人と別れてから35分。宣言より5分超過したが、まずまずのペースで扇  ノ山山頂1310mの人となる。男女3名の中高年グループが出発の準備中  である他は、他の登山者は居なかった。山頂付近の積雪は約10cm。道標  のてっぺんに小さな雪だるまが置いてある。山頂小屋に入って2階に上がる。  奇麗に利用されており気持ちが良い。ガラス越しの太陽が暖かい。こしき岩  を従えた氷ノ山の鉢伏山へかけての北稜が一際大きく見渡せる。鳥取県の1  0万図を広げ、西の山並みを確認する。どうやら一番奥の特徴的なピークが  大山だろう。雑記帳にニフティのハンドル名で記帳。通信仲間が私の名を見  つけてくれるだろうか。
山頂小屋 氷ノ山を望む
 帰り道は、さらにスピードを上げて飛ぶように駆け下りる。この時間帯から  の登山者ともすれ違う。下りはグリセードが楽しい。相変わらずゴアの靴は  絶好調。大ズッコの登りで、このところとみに目立ってきた右膝の筋が痛み  出す。この段階では歩行に支障をきたすほどの痛みではなかったのだが。  小ズッコの森を駆け抜け、「片足ダチョウのエルフ」の木をポンポンと手で  叩く。「おやすみ、来年の春まで」
小ズッコへの下り
 小ズッコ小屋に立ち寄ると、例の親爺たちはすっかり出来上がっており、大  いびきで寝そべっていた。山小屋での気の置けない仲間同士のこんな時間の  過ごし方も悪くはない。西日の当たる下山路はすでに土が顔を出していた。  二人が待つ車に到着したのは、山頂を出て僅か40分。いつもの半分の時間  だった。上山高原から下る道すがら、色鮮やかな紅葉が目を楽しませてくれ  た。その上を、アトリの群れが飛び去った。但馬の山は、冬がすぐそこまで  やって来ている。  【 登山日 】97年11月2日(日)  【 目的地 】扇ノ山(1310m)  【 山 域 】兵庫・鳥取県境  【 コース 】小ズッコ小屋よりピストン  【 天 候 】晴れ  【メンバー】妻たじま、こたじま/GEN、たじまもり  【 マップ 】エアリアマップ「氷ノ山」  【 タイム 】林道P12:05 → 小ズッコ小屋12:10-40 → 河合谷分岐12:50 → 片足ダチョウのエルフ13:10-25 → 大ズッコ13:45 → 扇ノ山山頂14:00-20 → 大ズッコ14:40 → 林道P15:00                         ○▲▲たじまもり▲▲☆