豊穣の森に渡る木枯らし/但馬・扇ノ山 | |
家を出てから2時間が経とうとしていた。谷を隔てて上山高原に続く尾根に、雲の 切れ間から差し込む陽の光が当たると、彩った木々たちが一斉に輝きを放つ。みん なの口から同じ言葉が漏れる。「きれい!」 今年の紅葉は今一つだと言われてい るが、そんなことは無い。山は十分に我々の目を楽しませてくれる。 上山高原の駐車場には数台の車。思い思いの秋を楽しむ家族連れ。この先、昨年ま では未舗装の危なげな林道であったが、すっかり舗装されてますます車の乗り入れ が容易になっている。喜ぶべきことなのだろうか。複雑な気持ちは変わらない。 小ズッコ小屋下の登山口脇には一台の先客。道路際に車を寄せて我々も支度する。 ここから小屋までは2分くらい。林道からの階段道を一登りすればすぐそこに見え る。前回と同様、まずは小屋で昼食だ。煤けた小屋は長い歴史を感じさせる。屋根 の改修こそ昨年行われたが、小屋の中は昔のままだ。ダルマストーブが置いてあり、 2階には畳が敷いてある。避難小屋ではあるが、人の匂いのする小屋だ。 小屋を出ると風が強い。所々青空が覗いているが、寒々とした冬の晴れ間を思わせ る空だ。タオルをマフラー代わりに巻いて歩きはじめる。15分ほどで小ズッコの ブナ林に入る。子供達が「片足駝鳥のエルフ」と名付けた、最初のブナのオブジェ が迎えてくれる。ここから大ズッコに到る若いブナ林は、昨年妻たじまが「ブナの オブジェの森」と名付けて以来、私たちにも特に身近な存在となった。この森を今 回初めて歩く母たじまも、爽やかな森の空気と雪に押し曲げられた奇妙なブナの芸 術を、存分に楽しんでいるようだった。 妻たじまは、もう一つの目的を持って今回の扇ノ山に臨んでいる。ブナの実を子供 達の通う小学校に届けて、森の豊かさや大切さを勉強してもらおうというのだ。登 山道にしゃがみ込んでは黙々と実を拾っている。「おいおい、必要以上の実は採ら ないでおこうよ」という私の声に反応しながらも、作業の手は休むことがない。立 っている視線からでは良くわからないが、しゃがんでみると実にたくさんのブナの 実が落ちていることが分かる。昨日降った雪のせいであろうか、しっとり湿ったブ ナの落ち葉をそっとかき分けると、次から次に実が転がり出てくる。いつしか私も 子供たちもブナの実拾いに熱中してしまう。この森中のブナが落とした実は大地に 蒔かれ、ブナの葉のしとねに抱かれながら、その殆どが森の生き物たちの大切な食 料となって土に帰ってゆくのを待っている。選ばれた特別なブナの実だけが、密や かに新しい生命として生きながらえる準備を与えられる。芽吹いても、果たしてど れだけのブナが何十年、何百年と生き続けて行けるのであろう。途方もない自然の サイクルに、しばし思いを馳せた。 小ズッコの森を抜け、大ズッコと呼ばれる小ピークを越えると、山頂は目の前であ る。大ズッコの南斜面は、小ズッコよりさらに若いブナで賑やかだ。山頂への道を 急ぎながら、この森を下るのも気持ちが良い。畑ヶ平(はたがなる)林道からの登 山道と合流すると、すぐに1310mの扇ノ山山頂だ。 昨年までのコンクリート製のトーチカのような避難小屋は、一気にモダンなロッジ 風の建物に変わっていた。2階の窓は大きな硝子がはめられており、十分な展望が 楽しめるようになっている。コーヒーを沸かす間、20万図で山岳同定を試みる。 ん? まてよ、南から西にかけて見えている山々は鳥取県や岡山県の山だろう。持 ってきた地図は兵庫県。ここは因幡國との国境であったのだ。まあ今日は展望もよ くないこともあり、次回の楽しみとしよう。兵庫県側の展望は、東側に毎度お馴染 みの但馬中央山脈が北から南に連なって見えている。その続きには鉢伏山と兵庫県 最高峰の氷ノ山。真南にくっきりピラミダルな山容を見せているのは三室山。その 右からうねうね続く山並みは、後山だろう。鳥取の街も日本海も見えないこの日の ピークは、すぐそこまで迫ったブナの梢を、名残の木枯らしが渡って行った。 山頂を後に、来た道を戻る。途中、母たじまのために、真っ赤に実をつけたナナカ マドを少し頂く。華展の素材にと、それを新聞紙に大切にくるんで持ち帰る母たじ ま、ビニール袋に集めたブナの実を満足そうに下げて歩く妻たじま。ブナのオブジ ェにぶら下がってははしゃぎまわるこたじまたち。それぞれの楽しみを分け与えて くれた豊穣の森に感謝しながら、山を後にした。長い冬が、もうそこまで来ている。 【登山日】95年11月 3日(金) 【目的地】扇ノ山(1310m) 【山 域】因但国境 【コース】小ズッコ小屋〜山頂ピストン 【天 候】曇り 【メンバー 】たじまもり一族(5人)、母たじま 【マップ】エアリアマップ59/氷ノ山 【タイム】小ズッコ小屋 12:25 → 片足駝鳥のエルフ 12:40 → 大石分岐 12:47 → 大ズッコピーク 13:15 → 畑ヶ平分岐 13:30 → 山頂 13:35-14:15 → 大ズッコピーク 14:40 → 大石分岐 15:10 → 小ズッコ小屋 15:35 ○▲▲たじまもり▲▲☆ |
ブナの大木
オブジェの森の秋(小ズッコ)
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