ブナのオブジェの森 但馬・扇ノ山
 扇ノ山は、氷ノ山と並んで但馬を代表する山です。いずれも兵庫県と鳥取県との
 県境に位置しており、今回登った扇ノ山のピークも鳥取県側に含まれています。
 扇ノ山は氷ノ山の北側に、その大きな裾野を但馬側に広げて堂々とそびえており、
 古くから岳人のあこがれの山でした。加藤文太郎がこよなく愛した山としても、
 その名が広く知られています。

 【目的地】扇ノ山(おおぎのせん)(1310m)
 【登山日】1994年7月10日(日)
 【天 候】晴れ
 【コース】海上林道〜小ズッコ小屋〜大ズッコ〜扇ノ山(ピストン)
 【マップ】エアリアマップ59/氷ノ山
 【同行者】MIDORIN-P、KAORIN(8才)、YOU(6才)、GEN(4才)
 【タイム】自宅10:45 〜 登山口12:55 〜 小ズッコ小屋13:00-13:12 〜 中国自然
        歩道合流13:40 〜 畑ケ平分岐14:30 〜 扇ノ山14:40-15:05 〜
      小ズッコ小屋16:15

*アプローチ

 朝からガンガン太陽が照っている。本当に山なんか行くの、海に行こうよ、と子
 供達。ハイレグの妄想が頭の中をよぎる。(^^;  それを振り払うかのように、ザ
 ックに荷物を詰める。扇ノ山へ行きたいと言いだしたのは、珍しく妻のMIDORIN-P
 の方からであった。二人とも20年振りの扇ノ山となる。当時からはすっかり変
 わってしまっていることは百も承知である。氷ノ山から見る扇ノ山は、林道の傷
 跡が痛々しい。

 国道9号線で鳥取方面に向かう。温泉町を過ぎ、鳥取県境の蒲生トンネルの手前
 の千谷で左の谷に入る。霧ケ滝オートキャンプ場の案内が出ている。あんな所に
 オートキャンプ場が出来たのかと、複雑な気持ちになる。村興しか、過疎対策か。
 静かだった村に、他府県ナンバーのRV車が大挙して訪れているのだろうか。

 国道9号線から別れて約5分ほどで、海上口というバス停に着く。右手からヘア
 ピンカーブで上に続く道を入る。海上集落を抜けると林道の始まりである。途中
 までは簡易舗装の危なげな道であるが、やがて綺麗に舗装された道が上山高原ま
 で続いている。低い樹木の草原を巡る道は、空がとても近く感じる。舗装道も上
 山高原までで、その先はダートとなる。

*しょうぶ池

 上山高原を過ぎると、右手の崖下に「しょうぶ池」を見下ろす。昔はブナ林から
 集めた水を豊かにたたえる静かな池であった。当時は今走っている林道も無く、
 麓の青下(あおげ)の村から長い山道を喘ぎながら登った。上山高原からしょう
 ぶ池へと辿る頃、ようやく扇ノ山の山懐に抱かれた気持ちになったものである。

 しょうぶ池には楽しい思い出が有る。この池で泳いだことである。冷たいブナの
 水で泳いでいる私の横を、一匹のヘビが池を渡っていった。そんな様子を、当時
 高校1年生であったMIDORIN-Pは冷やかに見ていたのであった。(^^; <コンナコトニナロウトハ..
 20年たって林道から見下ろすしょうぶ池は、伐採で水が枯れたせいなのか、日
 照りのせいなのか、淵の土を露出しながら浅く淀んでいた。もうあの頃の池はこ
 こには無かった。

*小ズッコ小屋

 上山高原からしょうぶ池を見ながら5分ほどダートを走り、道が大きく右にカー
 ブを切る左側に小ズッコ小屋への登山口がある。道標は無く、植物採集の禁止を
 呼びかける看板が登山口であることを教えている。階段になった登山道の横には、
 最近付けられたと思われる林道があり、小ズッコ小屋まで通じている。昨秋に行
 われた小屋の改修工事のための物であろう。道の脇に車を寄せて、登山口から2
 分ほど歩くとすぐに小屋に到着する。

 小屋は、スレートの外壁は昔のままであるが、茶色に塗装された屋根は新しく葺
 き変えられている。中に入ると煤けた匂いがして、沢山の薪とダルマストーブが
 備えてある。壁にはナタがつり下げてあり、棚には薄茶けた文庫本が置いてある。
 小屋の中は良く整備されていて、記録ノートからも今なお多くの登山者たちに利
 用されていることがうかがわれた。二階に上がると新しい畳が4枚敷いてあり、
 快適な夜が過ごせそうである。

 この小屋は20年前、豊岡高校の生物部の採集会にOBとして同行したのが最後
 であった。当時のことはあまり良く覚えていない。逆にMIDORIN-P は細かいこと
 まで良く記憶しており、星見で遅くまで外で騒いでいたら私が怒りに来ただの何
 だの、まあ良くも覚えているもんだと関心する。(^^; <シュウネンブカイ!
 小屋の前の日陰で子供達と遅い弁当を広げながら、20年の歳月を二人で懐かし
 むのであった。

*ブナのオブジェの森

 過去2回、小ズッコ小屋までは歩いたことはあるものの、この先扇ノ山までの道
 を歩くのは私にとってもMIDORIN-P にとっても初めてである。手入れもされず放
 置された植林の杉の中をしばらく歩き、15分ほどで林道から上がってくるもう
 一本の道と合流する。ブナの木が現れ始め、小屋から30分ほどで「中国自然歩
 道」と書かれた立派な道標に到達し、この先ゆるやかな尾根歩きとなる。

 尾根道に入ると圧倒的なブナ林に感動する。このブナ林は絶えることなく山頂近
 くまで続いている。特に、小ズッコと呼ばれるあたりのブナの森を巡る道は素晴
 らしい。森の中に入ると分からないが、この森の周りは全て伐採されてしまって
 いる。時折樹間から見える以外なほどの展望が、そのことを教えてくれる。それ
 でもこのブナも森は今もなお生きながらえ、豊かな生命力を持って我々を迎えて
 くれる。

 このあたりの積雪量は多いところで4mを越えるという。その雪の強大な力によ
 って、多くのブナの幹が様々な形にねじ曲げられている。「S」の字や「N」の
 字や「の」の字の形で曲がったブナの木を見ていると、厳しい冬を長い年月にわ
 たって耐えて来たその生命力に、感動せずにはいられない。ふかふかの絨毯のよ
 うな森の道、ゆるやかな傾斜で辿る道は子供達にも楽しい。変形したブナの木を
 探し出しては、子供らしいイマジネーションでその木に名前を付けて行く。イス
 の木、象鼻の木、結婚の木。結婚の木は、1つの幹から分かれた2本の幹が、途
 中でねじれてX状に絡まって延びているブナの木だ。面白いことに、これらのブ
 ナの幹が変形している部分は、どれも地上からの高さが2mから2.5mの位置
 にある。この森の積雪量と深い関係があるのであろう。

 ブナの森は太陽の光を和らげ、涼しい風を呼び込んでいる。水を蓄えた大地と相
 まって、本当に爽やかな散歩を楽しむ。下界の熱気や、海辺の喧騒とは無縁な静
 かな世界がここには有った。カッコウ、ホトトギス、クロツグミといった歌い手
 達の声がブナの森にこだまする。ハルゼミのけだるそうな合唱。森の空気を胸一
 杯に吸い込みながら、大ズッコの小ピークを越え最後の登りにかかる。

*扇ノ山山頂

 畑ケ平(はたがなる)との分岐を過ぎると、やがて登山道の向こうに山頂小屋の
 姿が見えてくる。ブナの倒木のアーチをくぐると、1310mの扇ノ山山頂であ
 る。男女2名の先客が出発の用意をされている。今日、山で出会った最初で最後
 の人であった。山頂からの展望は無く、南斜面はブナ林が頂上まで続いているこ
 とが分かる。昔は四方からブナ林がここまで迫っていたのだろう。

 広い山頂にはテーブルとベンチが備えてあり、秋を待つアキアカネの大群が群れ
 飛んでいる。頂上小屋はコンクリート製の箱のような形で、鳥取県の管理下にあ
 る。中に入ると鳥取県の観光パンフレットが山積みされており、異国に来た雰囲
 気を味わう。利用ノートに記載し、外の鉄梯子を伝って小屋の屋上に登る。
 もやで霞んだ但馬の山々がぼんやり見えている。氷ノ山、鉢伏山、瀞川山、手前
 の山並は小代方面だろうか。遠望が効く時には鳥取市内から大山まで見渡せるは
 ずである。

 突然一番下のGEN が、どこで泳ぐの、と能天気なことを言う。(^^;  出がけの海
 の話しとゴッチャになっている。そういえば、さっきまでいたオッチャンが上半
 身裸で日光浴をしていた。アホなやつである。帰りの温泉を約束して、気持ちを
 なだめる。

*エピローグ

 下山は同じ道を辿る。もう一度オブジェの森の散歩を楽しむ。因みにオブジェの
 森とはMIDORIN-P による命名で、これからは氷ノ山のCATHY の森とともに、長く
 記憶に留める森となった。帰りには持ってきたカメラで、オブジェの一つ一つを
 フィルムにおさめる。オブジェの森を抜け、小ズッコ小屋手前の植林地に入ると
 突然ムッとした暑さが襲う。改めてブナの森の爽やかさを知る瞬間であった。

 小ズッコ小屋から登り1時間30分、下り1時間10分、快適なブナの森の散歩
 道であった。次回は畑ケ平からのアプローチを登ってみたいと思う。

 林道が出来て車を入れることには、自分でもジレンマを感じている。この林道を、
 伐採されたブナを満載したトラックが往来していたことを思う。ただ、残された
 ブナ林に子供達の笑い声が響き、彼らがその素晴らしさを知ってくれるのなら、
 この道を走ることもブナの森は許してくれそうな気がしている。

                                                                 94/07/11
                  いつになったら簡潔な文が書けるやら(^^; ▲CATHY (PED02620)♪

ブナの大木



ブナのオブジェ