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雨のブナ林、扇ノ山


秋深まる海上の棚田
秋深まる海上の棚田

 ジョウビタキの「ヒッヒッヒッ」という囀りで目が覚めた。1週間ほど前に
 渡ってきたばかりだ。人懐っこいこの冬鳥が、春までのフィールドワークを
 楽しいものにしてくれる。窓の外はどんより曇り空。この時期の朝、霧が降
 りていないと晴れることはない。予報通りの下り坂だ。
 
 9号線沿いのコンビニで食料を買い込むと、フロントグラスにポツポツ落ち
 てきた。「今日は引き返すか」と考えながらしばらく走るうちに、雨はいよ
 いよ本格化の兆しであり、こうなるとかえって開き直りの気持ちになった。
 私の秋は、扇ノ山のブナ林歩きで締めくくらないといけないのだった。
 
 小ズッコ登山口の駐車スペースに岡山ナンバーの先客一台。着ていたフリー
 スをカッパに着替え、傘をさして歩き始める。扉の閉まった小ズッコ小屋に
 は人の気配は無い。パラパラという雨の音と落ち葉を踏みしめる自分の足音
 が、傘の中でアンサンブルする。
小ズッコブナ林
小ズッコブナ林
ブナの実
ブナの実
 11月に入ったブナ林はすっかり葉を落とし、雨の中で白く煙っている。  泥の上に先行の登山者らしき新しい靴跡。シカやイノシシの足跡、大きな獣  の歩いた跡はひょっとしてツキノワグマか。物の怪を感じながら、ときおり  歩いてきた方向を振り向いてみる。  しゃがんで地面を観察すれば、今年のブナの実はまずまずの出来のようだ。  森の住人たちの冬の蓄えに十分な量だったろうか。つい先日も我が家の近所  でツキノワグマが出て、駐在所から警告が出たばかりだ。ときおり強い風が  ササを揺らす音にビクっとしながら黙々と歩く。    大ズッコのピークを越えたところで、右のブナ林越しに大きな猛禽の飛び去  るのを見た。一瞬の出来事だったが、イヌワシだったかもしれない。最後の  登りで二名の下山者とすれ違う。出発点の車の持ち主か。    雨と時間が早いこともあって、山頂避難小屋には誰もいない。靴を脱いで2  階に上がり、まずは小さな缶ビールをあける。火照った体に最初の二口まで  は潤うが、それからは今日の山頂ビールは似合わない。残ったビールを少し  ずつ口に入れながら、利用者記録ノートをめくってみる。10月14日の日付で、  ネットの山仲間Yさんご夫妻の名前があった。
山頂直前
山頂直前
避難小屋から見るブナ林
避難小屋から見るブナ林
 まだお腹が空かないので、ここでの昼食はやめにして下山にかかる。山頂の  梢からジョウビタキの声が聞えた。下山中何組かのパーティとすれ違ったが  こんな雨の日でも登ってくる酔狂な人たちもいるものだ。我が身を省みず、  そんなことを思った。傘をさしている団体は、このコースをよく知っている  人たちだろう。小ズッコの森を歩くには、傘で十分だ。  小ズッコの森は、いつも感じることではあるが、上りと下りでずいぶん表情  が違う。僅かに残されたブナ林でさえ、そんな豊さを与えてくれるのだ。最  後に出会った団体はカッパに身を固めた中高年グループ。リーダらしき男性  としばし立ち話をしてから別れる。
色鮮やかなカエデ
色鮮やかなカエデ
小ズッコ小屋の中
小ズッコ小屋の中
 小ズッコ小屋の扉をあけ、懐かしい土間に入る。誰も居ない。ここでお昼に  する。お湯を沸かして熱い味噌汁を啜る。この小屋をお守している人たちの  メッセージに目をやる。大切に使ってくださいとある。板間には古いカーペッ  トが敷いてあり、折りたたみのテーブルが備えてある。片隅には旧型のテレ  ビとアンテナまで置いてあり、発電機を持ち込んでここで寛いでいる人たち  のことを思った。鉄の階段の下には薪が積み上げてあって、土間の達磨ストー  ブを囲んで楽しい一夜が過ごせそうだ。  車に戻ると朝の先客は帰っており、代わりに神戸ナンバーのワゴン車が一台  止まっていた。最後に会った団体の車だろう。相変わらず雨が降り続いてい  て、車の外気温計は9度を示していた。上山高原から車を下ろしながら、谷  向こうの尾根の紅葉の美しさに目を奪われる。
錦模様の中腹
錦模様の中腹
雨に煙る海上の村
雨に煙る海上の村
 海上の集落を過ぎ、いつも心に残る棚田の風景を写真におさめた。農作業小  屋の柿が実り、低い雲が垂れ込める深い山里の、もうここでは晩秋の佇まい  がお気に入りのショットとして残った。  帰り道、昨秋の扇ノ山以来の村岡温泉に立ち寄る。入湯料は400円に上が  っていたが、あいかわらず石鹸もシャンプーもドライヤーも無い、簡素な温  泉のままだ。少し小降りになった9号線を、いつになく早い家路についた。  4日後の氷ノ山では初冠雪のニュース。但馬の秋は足早に過ぎ去ろうとして  いる。  【 登山日 】2001年11月3日(土)  【 目的地 】扇ノ山(1310m)  【 山 域 】因但国境  【 コース 】小ズッコ小屋から山頂ピストン  【 天 候 】雨  【メンバー】たじまもり単独  【 マップ 】エアリアマップ59「氷ノ山」  【 タイム 】自宅7:05…小ズッコ登山口(1040m)9:02-9:10…        大ズッコピーク(1295m)9:48…山頂(1325m)10:05-10:40        大ズッコピーク10:57…小ズッコ小屋(1125m)11:35-11:53…        登山口(1095m)11:58        (標高は腕時計の高度計による)