春のはかな草、三川山


 いつもこの時期になると心がときめく。会いたさがつのる。昨年訪ねたとき  はすでに花は散ったあとであった。カタクリに会いたい。5年前、家族みん  なで感動したのと同じ日に、一人山に向った。    土生トンネルを越えると、田んぼの中にコンクリートのオベリスクが何本も  立ち並び、奇妙な景観を作っている。新しい自動車道が、何年か先にこの上  を走るらしい。いつもながら、期待感と喪失感とが胸の奥底でせめぎ合う。    国道際の小さな雑貨屋兼食堂の表に、「とち餅あります」の看板をみつける。  しめしめ、帰りにお土産を買ってかえろう。深い谷を詰めれば、民家の庭先  に桃の花が鮮やかだ。キセキレイが車の前を危なげに横切り、やがて赤い欄  干の橋を最後に渡れば三川権現の境内前広場。    同じ目的の登山者がすでに入山していることを予測していたが、私の他には  車は見当たらなかった。急かされるように身繕いを済ませて歩き始めると、  一台の軽トラが入ってきた。カタクリ目的の人かな? 先を急ごう。ウグイ  スの声に混じり、「ポポポ…」とツツドリが聞こえる。ああ、もう来てるん  だな。  雪で倒れたスギで歩きづらい林床には、ミヤマカタバミやキクザキイチゲの  白い花が、薄暗い森を明るくしてくれる。砂防堰堤を越え、沢を渡ってAコー  スの入口から尾根に取り付く。ミソサザイの高らかな歌声が、沢音の中に美  しく響く。シャクナゲの痩せ尾根は、いつもながら厳しい登りだ。トレッキ  ングポールが頼りになる。綺麗に花を咲かせたシャクナゲの前で呼吸を整え  る。振り返れば、先ほどの軽トラの親爺だろう、初老の男性が肩で大きく息  をしながら近づいてくる。  他の誰よりも、真っ先にカタクリに会いたかった。尾根を登りきった後も、  足取りを止めることなく、ゼーゼー言いながら東へのトラバース道を進んだ。  すぐにカタクリが現れた。5年前には見られなかった斜面にまで、カタクリ  は棲息範囲を広げたように思った。特別な保護が行われている場所ではない  が、普段から訪れる人も少ない山域でもあり、自然な形で少しずつ増殖を続  けているのかも知れない。嬉しいことである。  地盤が崩れて登山道を塞いだ個所を2度ばかり乗り越え、斜面にカタクリの  密度が一気に濃くなったところで足を止めた。しばらくの間、誰にも邪魔さ  れることなく、久しぶりのカタクリとの再会を楽しんだ。登山道を挟んで、  上の斜面から下の斜面まで、カタクリの可憐な花が満開となって揺れていた。  デジカメで何枚も写真を撮った。この美しさが、待つ人に少しでも多く伝わ  るように、何度もシャッターを切った。5年前、ここで花をスケッチした幼  いこたじま達も、それぞれに成長して生意気盛り。人の時間はあまりにせわ  しなく過ぎ去ってゆくのに、ここでは時間が止まっているかのように思えて  くる。変わらずに美しい瞬間が、ここにある。    やがて、先ほどの親爺が現れ、一眼レフを取り出してシャッターを切り始め  た。夢見ごこちから醒めて、やがて隣に座ってきた親爺と言葉を交わした。  日高町から来たのだという。写真の話になって、撮ったばかりの私のデジカ  メ画像を見せたりしながら、しばらく話を続けた。カタクリの斜面に、クロ  ツグミの歌声が転がって、続いてヤブサメが鳴いた。  「ごゆっくり」と言い残して、来た道を戻る。帰り道はゆっくりと、他の花  を写真に撮りながら下りる。途中、2グループの年配登山者とすれ違った。  「カタクリ、満開ですよ。楽しんで来て下さい」と、すれ違いざまに声を掛  ければ、婦人が汗を拭いながら「ありがとう!」と笑顔で応えた。  谷からオオルリの声が聞こえた。  つかの間の山の春は、夏鳥の歌声に急かされるように、季節を早めて行くよ  うであった。  【 登山日 】99年04月17日(土)  【 目的地 】三川山(888m)中腹(標高500m地点)  【 山 域 】但馬中央山脈  【 コース 】三川権現よりピストン  【 天 候 】薄曇り  【メンバー】たじまもり単独  【 マップ 】持たず  【 タイム 】自宅08:37 → 三川権現(245m)09:23-09:26→ 砂防堰堤上09:32 →        Aコース入口09:35 → シャクナゲ尾根上09:51 →        カタクリ斜面(500m)10:03-11:07 → シャクナゲ尾根上11:17        → Aコース入口11:28 → 三川権現11:45 → 自宅12:47 *カッコ内の標高は腕時計の標高計指示値  ★今回は写真の数が多いので、以下のページに写真だけをまとめています。  ・カタクリの写真:スプリング・エフェメラル  ・春の花の写真 :三川山の春                         ○▲▲たじまもり▲▲☆