風に揺れるカタクリの花 但馬・三川山
 砂防ダムを越え沢を渡ると、山は一気に深くなる。雪解け水を集めた豊かな水が
 2つの沢となってダムに注ぎ込んでいる。道は沢の合流地点から急峻な痩せ尾根
 を辿る。

 尾根の取っ付きで、下りてくる一団体を待つ。カメラを首から下げた赤ら顔の中
 年男性に上の様子を聞いてみる。男性は過去の同じ時期のことを回想しながら、
 今日という日を選んだ最高の幸運を我々に伝えてくれた。私の心も一気に高まる。

 一団を見送った後、いよいよ我々が登る。久し振りの家族そろっての山歩きだ。
 加えて今日は、花好きの母も一緒である。岩尾根は容赦ない勾配で続く。沢の音
 を両方の耳から聞きながら、一歩づつゆっくりと高度を稼いで行く。目をあげる
 と、真っ青な空にコブシの白が眩しく光っている。足元にイワカガミの小さな蕾
 を見つけるあたりで、尾根は咲き始めたシャクナゲの花で一気に華やかになる。
 シャクナゲの蕾と花の濃淡のコントラストが、空に映えて美しい。

 最後のシャクナゲを見送ると尾根道もようやく終わり、東斜面のトラバースへと
 続く。ブナやトチの木の新緑が眩しくなってくる。斜面に目をこらしながらゆっ
 くり歩く。スミレ、ヤマルリソウ、ショウジョウバカマ。配偶者がシュンランを
 見つける。雪崩で道の崩れた場所では、4才になった下の息子の手をとってやる。

 左手の谷が狭まり、開けたブナ林の向こうに小さな新しい谷が見えはじめる頃、
 カタクリの最初の花が我々を迎えてくれた。懐かしい人との出会いにも似た、豊
 かな感情がゆっくりと心を支配して行く。さらに足を進める。カタクリの淡い色
 が次第に広がってゆく。そして道を挟んで右手の斜面から、足元を左に落ちて谷
 に続く斜面の全面にわたって、カタクリの花で覆い尽くされた場所に着く。
 何という美しさであろう。奢らず、媚びず、ただひそやかに風に揺れるカタクリ
 の花たち。いつまでも飽きることなく、カタクリの花を見ていた。

 娘は持ってきたスケッチブックを取り出し、花の姿を写し取っている。「上手に
 書けた?」と、私に見せにくる。私はカメラを取り出し、数ショット撮る。母も
 毎年のようにここのカタクリとの出会いを楽しみにしてきたが、今日のカタクリ
 の見事さに只ただ感動している。家族全員が、心の中にカタクリの花をしっかり
 かりと写し込んだひとときであった。

 カタクリの斜面を小さな沢まで下りる。日陰には雪がまだ残っている。子供達は
 岩を登ったり下りたりして遊んでいる。ザックの中からトランギアのアルコール
 バーナを取り出す。わかたさんから教えてもらったように、ステンレスのマグカ
 ップの中にバーナを入れて持ってきた。マグの中のバーナはゴトクで上から押さ
 える。ゴトクのバネ性で上手くバーナを固定でき、持ち運びには非常に便利であ
 る。沢の雪解け水をカップに取り、アルコールバーナに火を着ける。風が時々、
 バーナの炎を揺らす。ゆっくりした時間が流れる。イカルの声が聞こえる。目の
 前の枝にミソサザイがとまり、シッポを振りながら得意な歌声を披露してくれる。
 キツツキのドラミングの音。青い空を一羽のツバメがよぎって行く。

 沸いたお湯でコーヒを入れ、母と配偶者と3人でゆっくり味わう。雪解け水とア
 ルコールバーナで入れたコーヒは、インスタントであっても特別おいしく感じら
 れた。カタクリを見上げながら、まだ暖かいアルコールバーナを掌に包む。
 しばし、わかたさんのことを思っていた。

 カタクリの群生地を後にする時、みんなが思い思いの感謝のことばを花たちにか
 けた。そして、今日ここにやって来れた幸せを感じていた。来た道を戻りながら、
 いつまでも心の中で揺れるカタクリの花を感じていた。

      登山日: 94/04/17(SUN) 
      天  候: 快晴
      同行者: 配偶者,長女(8才),長男(6才),次男(4才),母
      時  間: 登り約1時間, 下り約40分
                                                                 94/04/19
                                           ▲CATHY (PED02620)♪