北のランドマーク、来日岳へ


 来日(くるい)岳は、丸くやわらかな稜線を北の空に描いて、圧倒的な存在
 感を持って豊岡盆地の風景の中にある。私が通った中学校の校歌にも歌われ
 たこの山は、天日槍(あめのひぼこ)物語にも登場する伝説の山でもある。

 この山は人々との深い関わりを持ちながら、今も但馬エリアの無線中継基地
 として重要な役割を果たしている。山頂付近に林立するアンテナ塔は山を愛
 するものにとっては無粋であり、山頂まで付けられた林道とあいまって、こ
 の山を歩こうという気にはなかなかなれないでいた。

 それでも私の少年時代には、アンテナも山頂に一つあった程度で、今の新し
 い林道もついていなかった。学校や子供会の遠足地としてよく利用された山
 でもあった。私が最後にこの山を歩いたのは、おそらく中学生の頃だっただ
 ろうか。白いアセビの下を、「これは馬が酔っぱらう花だ」と親父が話して
 くれたシーンのまま、私の中の来日岳のイメージは止まったままであった。

 そう考えると、実に30年ぶりの来日岳登山であり、JR山陰本線の線路脇
 に登山口があった古い記憶と2.5万図を頼りに、しばらく登山口を探すは
 めになった。JRのトンネルの手前で、線路越しに白い道標らしきものを見
 つけた。双眼鏡で覗いて確信する。踏み切りを渡ったところに見つけた広場
 に車を置かせてもらうことにした。

 今日は珍しく、中1のこたじま/KAOが一緒に行くと付いてきた。部活も友達
 との約束もない休日で、久しぶりに山を歩いてみたくなったらしい。さきほ
 ど確認しておいた場所を目指し、田圃の畦道を歩く。ミゾソバの群生が美し
 く、ツリフネソウにはボロボロの翅のモンキアゲハが蜜を吸いにやってきた。
 腕時計の高度計を0mに校正し、水無し川の木橋を渡って山道へと導かれた。
登山口
登山口
厳しい登りが続く
厳しい登りが続く
 来日岳の東の前衛をまず登る。古い道はよく踏まれており、不安の無い道程  である。道端には、ほぼ等間隔毎に石地蔵が置かれ、寄進した地元の古人の  名が刻まれている。あと何百メーターといった案内板は無いが、苔むした石  地蔵が我々の歩みを励ましてくれるようで、取り付きは厳しいものの、清々  しい山歩きを楽しめる。
お地蔵様が道案内
お地蔵様が道案内
尾根に出る
尾根に出る
 樹間から見え隠れする円山川が見る見る小さくなり、こたじま/GENの足取り  が重くなるころにようやくピークを越える。ここから吊り尾根を西進する。  目指す来日岳のピークが、晴れ渡った秋空を背景に見える。  「え〜っ、あんなとこまで歩くのぉ」  そろそろお腹の空いてきたこたじま達が溜息をつく。休憩時に与えたタケダ  のビタミンサラダと、初めて買ってみたサントリーのイートシステムなる、  コーンフレークをチョコで固めたような栄養食品は、こたじま達にもえらく  好評であった。この二つ、今後の行動食の定番としよう。  尾根筋に多く見られるアセビの木の下では、30年前の自分を思い出してい  た。今、あの頃の私と同じ年頃になった自分の娘を連れて歩いていることが、  不思議な気持ちだった。やがて中間点と書かれた大きな道標が現れ、いよい  よ来日岳の登りに差し掛かる。
目指す来日岳
目指す来日岳
ようやく中間点
ようやく中間点
 新しい落ち葉も重なる登山道には、色とりどりのキノコが見られた。宝探し  でもするように、次々に変わった形のキノコを見つけてはデジカメのシャッ  ターを押した。キノコの名前はさっぱり分からないが、私やこたじま達の目  を十分に楽しませてくれた。
見つけたキノコ
見つけたキノコ
 高度を増す毎に、古い大きな木が目立ち始める。ブナを見つけた。大きく空  に開いた枝は、すでに色づきはじめた葉を揺らしていた。大きなカエデも沢  山みられ、紅葉の季節には素晴らしい山歩きが期待できそうだ。  下界から見上げる来日岳は、いつもアンテナの無機質なイメージが重なって  いた。こんな素晴らしい森が残っていることを改めて知り、今日この山を選  んで良かったと思った。  あと10分という道標に、こたじま達の声が弾んだ。サクサクと落ち葉を踏  みしめて、木漏れ日の最後の登りを楽しむ。出発してから2時間が経とうと  していた。ゼロメートルからの登りであったにせよ、標高567mの山にし  ては随分長いアプローチを楽しませてもらった。疲れはさほど感じなかった。  このところ意識して足を鍛えていることや、今回導入したトレッキングポー  ルが効いているのだろう。
色づきかけたブナ
色づきかけたブナ
あと10分
あと10分
 山頂の三角点はアンテナ施設の裏手の小高い部分にあった。山頂は山ではな  く施設と呼ぶべきものである。この殺風景が嫌で遠ざかってきた来日岳であっ  たが、登ってきた登山道の素晴らしさは忘れがたいものとなった。我が家か  ら20分足らずのアクセスで、2時間タップリ、山らしい山を感じられる道  を見つけたのだ。
最後の登り
最後の登り
来日岳山頂
来日岳山頂
 アンテナ下の、豊岡盆地を展望する絶好のポイントには、3名のオバサマ方  が賑やかに食事中であった。うるさいのは叶わないので、少し離れたところ  に建つ東屋の中でランチタイムとした。ここからは円山川河口から日本海が  よく見渡せる。もやで海の青さは判然としない。丹後の海岸線も霞んで見え  ており、双眼鏡で先週登ったばかりの依遅ヶ尾山が確認できた。
円山川河口の風景
円山川河口の風景
 オニギリとインスタント味噌汁で腹を膨らませる。こたじま/KAOはさらにイ  ナリを3個も平らげ涼しい顔をしている。育ち盛りである。彼女の顔には、  いつのまにやらニキビの青春マーク。ところで、来週からの中間試験は大丈  夫なのかい。  展望ベンチに戻ってみればオバサマ方はすでに下山したようで、存分に豊岡  の景色を楽しむ。円山川の蛇行も絵になるここからの風景は、しばしば写真  の題材に使われる。特にこれからの季節、朝の雲海を見る最高のポイントが  この場所である。東の空を望めば、もやに霞んだ法沢山、高竜寺ヶ岳、磯砂  山が見えていた。
ランチタイム
ランチタイム
豊岡盆地を見下ろす
豊岡盆地を見下ろす
 下山は林道を辿ることにした。来日の村に続く山道もあるようなのだが、林  道で寸断されてからはてんで様子が分からない。しかし下山時の林道歩きも  悪くない。野鳥の声に耳を澄ませたり、草木をゆっくり観察しながらのんび  り下る。今は特にススキが美しい。しかし、車が一台も上がって来ないのが  不思議であった。その理由は後で明らかになったのだが。  来日岳山の家と、その周辺のキャンプサイトに近づく。林道の法面の上に、  山頂まで45分と書かれた道標と山道を見つけた。我々はすでに50分林道  を歩いて来たが、この山道を使えば半分ぐらの時間で下れると予測した。  次回はこちらから登って道を確かめてみよう。
ススキの林道
ススキの林道
来日岳山の家
来日岳山の家
 林道に沿ってキャンプサイトのヘアピンを回ったところで、山頂で見かけた  3人オバサマに追いつく。相変わらず姦しい。おまけに熊除けの鈴をチャラ  チャラ言わせているので叶わない。そのお喋りだけで効果満点だろうに。  キャンプサイトの端に雲光寺がある。漢字で書けば美しいが、こたじま/GEN  はその響きに俄然喜ぶ。さっそく、しゃがみポーズで写真に収まる。その横  では白椿が綺麗に咲いていた。
雲光寺
雲光寺
 しばらく林道を歩いたところで、目論見が失敗に終ったことに気付いた。  雲光寺から麓の来日の村までは、山道を歩く予定だったのだ。2.5万図に  も示されているその道を見逃してしまっていた。これで、さらに歩行距離が  のびることになったが諦めるより仕方ない。  オバサマ達を追い越し、一気に引き離しにかかる。休もうよというこたじま  達の尻を叩きつつ。と、突然崖崩れの現場。林道の半分以上に迫り出した土  砂の山で、車の通行が出来ない状況であった。先ほどから、車に出会わない  理由はこれだった。ここを通過したと同時に、ツーリングバイクが2台上がっ  て来て、続いて車が2台上がって来た。後のバンは但馬野鳥の会のHさんが  チロリアンハット姿で運転しているのに気付いたが、声を掛ける間もなく通  り過ぎて行った。  さて、どうするのだろうと、振り返りながら山を下りる。何やらスコップで  土砂を除去しているような様子が覗えた。ちょっと無理だろうな。しかし、  とうとうその車は下りてこなかったところを見れば、強行突破したか、そこ  に車を置いてキャンプサイトを目指したようだった。明日の朝は、バードウ  ォッチングと雲海見物だろうか。
来日の村から
来日の村から
駐車地点にて
駐車地点にて
 やがて林道は来日川に沿って村に向かった。谷川の透き通った水を通して小  魚が泳ぐのが見えた。土砂崩れによる通行止めのロープをくぐり、日だまり  の道端で最後の休憩。もう2時間以上林道を歩き続けており、さすがにくた  びれた。  村に入ると、地元の親爺が話し掛けてきた。林道歩きは大変だったろうと労っ  てくれた。山道を見逃したことを告げると、道標が立っていないことを恐縮  され、キャンプサイトのヘアピンカーブのところから入るのだと教えてくれ  た。2.5万図にも正しく記載されていたのだから、それに気付かなかった  自分の落ち度ではあったのだが。  この川の奥ではヤマメが沢山釣れるそうだ。  「あれはアハぁだしきゃ(アホだから)、飯粒でも食らい付きよるわ」  「このへんの子供らぁが、ようけ釣りよる」  河原に下りて水遊びをするこたじま達を見ながら親爺が言った。  自転車で去る親爺に別れを告げて、来日の村中を歩いてみた。どこから山に  入るのか確かめてみたかった。先の親爺がひょっこり現れ、この道を上がる  と寺に出るからその裏手から登るのだと教えてくれた。その話を聞きながら、  遠い記憶がゆっくり蘇ってくるのを感じた。そうだったよな。あの時…  来日岳を一周して車に戻った。畑からは草を焼く煙があがり、山は夕暮の中  に影を濃くして行くところだった。紅葉が深まる頃、家族全員でまた訪れよ  う。穏やかな感動に包まれながら、そう誓った。  【 登山日 】98年10月10日(土)  【 目的地 】来日岳(567m)  【 山 域 】但馬  【 コース 】来日口より反時計回りで周回  【 天 候 】晴れ  【メンバー】こたじま/KAO(中1), こたじま/GEN(小3), たじまもり  【 マップ 】2.5万図「城崎」  【 タイム 】自宅10:25 → 来日口P11:15→ 登山口11:22 →        前衛ピーク12:10 → 中間点12:25 → 山頂13:25-14:20        来日岳山の家15:10 → 来日口P16:45                         ○▲▲たじまもり▲▲☆