若者の歓声と秋の色に塗れて 但馬・神鍋山
 今改めてエアリアマップを確認すると、神鍋山(かんなべやま)の標高は469  mとなっている。低いようであり、案外高いとも思う。神鍋はおそらく私が最も  多くの回数を登った山であろう。しかもそのほとんどが子供の頃のスキーリフト  での話しではあるが。  私の子供だった頃の神鍋は、冬のスキーと春秋の遠足の場所としての山であった。  現在のような交通事情になかった当時、関西スキーのメッカとしての位置を確立  していた。宿と言えば民宿であり、但馬の人が都会の人と一緒になって冬を暮ら  していた。暖かなもてなしは但馬人の人柄であり、ここを訪れる人達はスキーを  楽しむ以上に但馬の人との交わりを楽しんだ。  そんな懐かしい風情も、今は失われようとしている。冬季のスキー場としてだけ  の役割から、通年型の総合リゾートとしての積極的な投資が行われ、沢山の施設  が出来た。神鍋の名前すら、頭にスポンサーの企業名が冠されるようになった。  近年、山で温泉を掘り当ててからは、リゾート開発への拍車がさらに加速されて  いる。  国道に昇格したスキー場への道を走る。今春オープンした植村直己冒険館を過ぎ  ると神鍋山の姿が見えてくる。冬は真っ白な帽子のように、周りの山並みの中に  一際浮き立って見える。沿道には蘇武岳トンネル早期実現をアピールする縦看板  が立っている。数年後、蘇武岳の下をぶち抜いて村岡町の国道9号線と結ぶトン  ネルが完成することになっている。リーゾートの拡大は急ピッチで進められてい  るのだ。  栗巣野(くりすの)は山を挟んだ反対側の太田(ただ)と並んで、神鍋を代表す  る村である。昔は診療所前と呼ばれて、多くのスキーヤーがたむろしたバスター  ミナルであったあたりには、カタカナ名のレストランが出来上がり、その上には  最近できたばかりの温泉施設がある。スキー客用の大駐車場に並んで、松林の中  に整備されたキャンプ施設、何面かの多目的グランドが有る。サッカークラブの  合宿練習であろうか、当日も元気な掛け声が響いていた。  温泉施設の横をすり抜け、細い道を少し登るとスキーヒュッテの並ぶ広場に出る。  ここに車を置き、ススキ野原のゲレンデを歩く。ススキの切れた斜面一帯に、園  芸植物が美しい花のベルトを作っている。風に乗って花のいい香りが漂ってくる。  リフトの鉄柱、立木の無い無造作な山肌の風景には、こんな花が良く似合う。  のんびり20分も歩けば、神鍋山の噴火口にたどり着く。そう、神鍋山はかつて  の火山である。直径100mくらいであろうか。逆円錐を切り取った噴火口が、  ススキの穂を揺らして口を開けている。底までススキに覆われた火口の風景から  は、かつての火山を偲ぶことは出来ない。ただ、山全体を形成している黒土や散  乱する軽石が火山を証明している。  リフト小屋の近くで弁当を広げる。目の前に大岡山、右手奥から奥神鍋、万場、  名色のスキー場が望め、蘇武岳が霞んでいる。その奥に雲の影のようなシルエッ  トで見える大きな山影は、氷ノ山だろうか。  この噴火口の南側は展望台になっていて、下から車で上がってこられる。私達の  近くにも、車を横付けしてシートを広げているファミリーハイカーが居た。楽し  み方は人それぞれだが、車を離れて歩くことがハイキングの基本だろうにと思う。  腹が膨らむと子供たちはどこかに行ってしまった。一人食後の惰眠を貪る。時折  頬を撫でる風は芳醇な実りの香りを運んでくる。以外に冷たい風に、まくってい  た袖を延ばす。もうすっかり秋なのだ。  連れ立って火口を回る。足元の田園風景は豊作の収穫を終えた安堵の跡が広がっ  ている。家々の庭には色づいた柿が実り、やがて軒先に吊るされて泊まり客のも  てなしに変わるのを待っている。  火口の縁にある栗の実は、すでに採られた後であった。半周した所で火口との別  れ道が有り、そちらに向かってみる。すぐに豊かに実をつけた栗の木に出会う。  すこし道を分け入って、タオルを使ってイガを採る。道で待っている子供達にイ  ガを投げる。それを競って拾う。一度YOU の頭にイガが落ち、悲鳴と大きな笑い  が静寂を破る。MIDORIN-P がアケビを見つける。まだ一度も口にしたことが無い  という。混じりっけのない清潔な甘さだ。動物たちの大切なおやつ。    次々に現れる栗の木で、栗拾いに夢中になる。入れ物にした帽子が栗で溢れそう。  適当に切上げ、ススキを分けて下りにかかる。最終リフトの横をすり抜けると突  然視界が開け、若者達の賑やかな声が弾んでくる。道は北壁とよばれる、このス  キー場で最も斜度のきつい斜面の上に続く。原色のカラフルなパラシュートが斜  面を覆い、その周りに沢山の若者が居る。歓声が一際高くなり、ハンドマイクの  インストラクタの声が続く。一定間隔でこれが繰り返されている。一人の女性が  金切声に近い悲鳴を上げて走りだした。パラシュートが脹らみ、足が地面から離  れる。悲鳴が一段と大きくなり、周りの声援がそれをかき消す。やがて拍手が沸  き起こり、インストラクタの声に導かれた彼女はゆっくりと麓に落下していった。  彼女は今日始めて空を飛んだんだな。そう思った。なぜか胸の中に感動の渦が起  こるのを感じた。こんなことに少しセンチになるのは、秋のせいにしておこう。  北壁リフトが回っており、パラグライダーの若者やスキーを履いた若者が次々に  降り立つ。パラグライダーのゲレンデの向こうに、プラスキーとグラススキーの  ゲレンデが有る。雪の無い斜面を器用にスラロームして降りてゆく。気持ち良さ  そうだ。でもコケルと痛そう。時折、プラスチックコースにスプリンクラーが散  水している。シャワーの中を華麗なウェーデルンで次々に突っ込んで行く。スキ  ーヤの行く手を目で追うと、麓にはインラインスケートのコースで遊ぶ人の姿も  有る。  神鍋山はかつて恐ろしい火の山であった。神の鍋という名前からも、ゴォーゴォ  ーと炎を吹き上げる山の姿が想像できる。噴き上げた溶岩は麓の江原の町まで達  し、円山川へと注ぎ込んだ。夏にカヌーで下った時、その痕跡を見て驚いた。  今、多くの若者たちの声がこの山にこだましている。時代は移り、自然の脅威や  恵みは形を変えて若者に受け継がれて行くのだろうか。  山を連れ歩いた我が子も、若者と呼ばれる頃には新しい価値観で自然を楽しむよ  うになるだろう。いつまでも変わらぬ古臭い価値観を引きずっているのは、我々  おぢさんだけになってしまうのだろうか。そんなことを思っても見た。  若者の歓声と秋の色に塗れながら…  【目的地】 神鍋山(かんなべやま)(469m) 【山 域】 兵庫県但馬山岳  【登山日】 94年10月9日(日) 【天 気】 薄曇り 【マップ】 エアリアマップ59 氷ノ山 【同行者】 MIDORIN-P,KAORIN(小3),YOU(小1),GEN(4歳) ****  今回のアップが「のんびり」での最後の発言となるでしょう。いつも長いだけの  文章を嫌々(^^;お読み頂いていた方、ご迷惑でした。m(..)m  そして読んで頂いたすべての皆さんに、ありがとうございました。   94/10/15 ▲CATHY (PED02620)♪ ↑ページトップへ