天女が舞い降りた山/丹後・磯砂山
このところ、すっかり山歩きから遠のいてしまった。足腰の弱ってきたこと が日常生活でも感じられるようになった。妻たじまも同じことを言い、この ままいけば我々夫婦の足はみるみる退化してしまうのではないかとさえ思わ れた。「よ〜し、山に行こう」 自宅で昼飯を済ませてから、国道312号を東に向かう。河梨(こうなし) トンネルを抜けると丹後の国だ。晴れ渡った空には、もう秋の雲が広がって いた。甲山の大文字が浮き立って見えた。国道沿いの田圃では稲刈りの最中 だった。最近になって但馬地方ではあまり見かけなくなった稲木が、ここで はまだ健在のようだった。方々で高い稲木を見た。機械化が進むなか、昔な がらの方法で米を作り続けている人達がいた。 比治山峠を下りた鱒留集落の入り口に乙女神社の案内板があり、ここを右折 して谷を詰める。大路の集落を抜ける。小さな木造の小学校があって、土壁 の民家も目に付く。日本のふるさとの風景がまだ残っていた。村はずれの乙 女神社を過ぎ、しばらく行くと大成登山口。数戸の民家。駐車場があるが、 左折して舗装された林道をさらに車で上がる。昨年の12月、雪があって引 き返したあたりでは当時の話に花が咲いた。やがてまだ新しい東屋とトイレ のある広場に到着。羽衣茶屋とある。車はここまで。10台は十分置けよう か。 車止めからしばらく車道を登り、5分でどん詰まり。左に山道が続いている。 ここまで歩いただけで私と妻たじまの息は上がっていて、山頂まで1010 段と書かれた道標を前に愕然とする。ここから山頂まで長い長い階段道が続 くのであった。およそ5分で尾根筋にでる。山頂とは反対方向に女池(めい け)へ200mの案内があり、帰りに寄ってみることにする。磯砂山頂まで 460mとある。 容赦ない急登が続く。こたじま/KAOは下からの階段の数を呪文のように口に しながら登る。こたじま/GENは弱音も吐かずに黙々と登る。妻たじまとこた じま/YUUはかなり遅れて、いつのまにか姿が見えない。何度も立ち止まって は息を整え、重い足を再び持ち上げる。ツクツクボウシの弱々しい声が聞こ え、オニヤンマが疲れた羽で滑空した。尾根道は乾燥した山肌に松の低木を 従えるのみで面白味がない。842段で、ドッカと腰をおろす。ハギの花に ボロボロの羽で吸蜜にきたのはアゲハチョウ。夏の命も尽きようとしていた。 最後のひと頑張りで、1等三角点661mの磯砂山(いさなごさん)山頂。 1008段。あと2段はと、こたじま/KAO。三角点横に望遠鏡付きの展望台 があって、その鉄の階段の下に残り2段がつじつまを合わせるようにあった。 本当に1010段あったと彼女は喜んだ。山頂広場、「てんてん広場」とい う名前が付けられている。天女が舞い降りたという伝説の場所なんだそうだ。 1010段はその語呂合わせというわけ。5分ほど遅れて、ヘロヘロの妻た じまがこじま/YUUとともに現れた。途中で野生のリスに出会ったとのこと。 山頂からの展望は抜群で、羽衣伝説が語り継がれてきた理由もこんなところ にあるのだろうか。丹後半島の大パノラマが展開されている。久美浜湾の一 部と小天橋の松林、白く続く砂浜は琴引き浜、丹後松島、特徴的な依遅ガ尾 山の山容、半島の中央に重なる山々は金剛童子山や太鼓山か。天橋立の一部 が見え、その向こうに若狭の海が広がっている。きれいな円錐形の山が霞ん で見えるのは、多分青葉山だろう。南に目を転じると、大江山が一際近くに 迫っている。丹波の山並みが折り重なって見えるが、特徴的なピークを見せ ているのは三岳山だろう。目の前の但馬国境の高竜寺ガ岳は、次回の登山で 登ろうと思っている山だ。 あまり冷えていない缶ビールを1本開けながら、展望を十分に楽しんだ後、 来た道を引き返す。日が傾きかけたこんな時間からでも、登ってくる多くの 人達とすれ違った。伝説の山は、地元でも人気の山のようだ。そういえば、 麓の東屋に「御自由にお使い下さい」と書かれた杖が沢山あった。その杖を 頼りに登ってくる年配の姿もあった。今度登ることがあったら、私も杖を借 りようと思った。この階段道は、陸上競技のトレーニングにはもってこいの 場所だ。そんなことを思っていたら、ランニング姿のオッサンが本当に上が ってきて、あっという間に頂上に走り去って行った。 下りる前に女池に立ち寄った。分岐から5分。薄暗い杉林に囲まれた窪地に 小さな浅い水溜まりがあった。天女が水浴びをしたという場所だが、そんな 雰囲気は微塵もなく、泥水にオタマジャクシが泳いでいるばかりであった。 杉の間に渡された紐に、白くて長い布がさりげなく掛けられているのは、羽 衣の演出ということだろうか。あの布は、どう見ても爺の褌にしか見えない。 こたじまたちは「フンドシ」を連呼しながら、聖なる池を後にしたのだった。 ヘロヘロの膝でつんのめりそうになるのを小走りでカバーしながら、羽衣茶 屋の椅子になだれ込んだ。久しぶりの山歩きに、磯砂山の階段道は少々こた えたが、山で味わう爽快感には代え難い。秋の花には少し早く、ツリフネソ ウが目に付いたくらいだった。女池分岐の標高400mあまりのところに、 ブナの木があったのは嬉しかった。 車を出そうとしたところで、先ほどのランナーが颯爽と駆け下りていった。 彼を追い抜かしざまに、こたじまたちが手を振った。ランナーが応えて手を 振った。遠ざかるランナーの前を、アカトンボが飛んでいた。 【登山日】96年9月8日(日)  【目的地】磯砂山(いさなごさん)(661m)  【山 域】京都府丹後地方  【コース】羽衣茶屋よりピストン  【天 候】晴れ  【メンバー 】たじまもり一族(5人)  【マップ】「分県登山ガイド25/京都府の山」(山渓)参照  【タイム】自宅13:05 →(R178経由)→ 羽衣茶屋P13:50-55 → 登山口14:00 → 磯砂山14:34-15:30 → 女池15:50 → 登山口16:02 羽衣茶屋16:07 →(たんたんトンネル経由)→ 自宅17:15 P.S. 磯砂山情報に関し、本会議室のパルプさん(#2669)、はいかいさん (#3176)のログが参考になりました。ありがとうございました。 ○▲▲たじまもり▲▲☆ ↑ページトップへ