2・3日前から喉の調子がおかしく、昨夜あたりから鼻水がズルズルと言い
始めた。風邪を治すには山歩きでしょう!と、「やめといた方がいいよ」と
いう妻たじまの言葉を尻目に、一人で出かけることにした。天気は上々。
市内で給油を済ませてから、久しぶりの丹後半島へと向かった。
網野町内でR178と別れ、地道を東に向かう。「味わいの郷」の丘陵地帯
を越えると竹野川に沿って広がる弥栄町の田園風景。海に向かって地道を北
上し、適当なところでR482に合流する。成願寺地区を過ぎた三叉路交差
点に、依遅ヶ尾山登山口の案内板がある。右折して広い谷に向かう。目指す
依遅ヶ尾山が特徴的な稜線を描いて迫ってくる。
依遅ヶ尾山は丹後町にある独立峰であり、海に向かって吠えるスフィンクス
のような山塊は、遠くの山からもよく判る。海に一番近い、山らしい山とし
て、かねてから登りたいと思ってきた山。今日は、初めてその山頂から海を
見下ろす。
是安から見る印象的な山容
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初めてのアプローチであったが、要所要所に立てられた道標が正しく車を導
いてくれるのが有りがたい。吉永の集落から道は山に向かい、最後の集落の
矢畑を過ぎても広い舗装道路が続く。カーブを回るたびに目指すピークが覆
い被さるように近づいてくる。
やがて山に向かう道標の立つ広い駐車場が現れる。その先は林道の延長工事
が今日も進められていた。この山裾を縫って、また新しい林道が開通するよ
うだ。駐車場に車を入れ、身支度を整えて歩き出す。腕時計の高度計は丁度
200mを示していた。しばらくは車の轍の残る作業道を行く。
林道から仰ぎ見る山頂
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登山道入り口の駐車場
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10分歩いたところで奇妙な藁葺きの小屋に出会う。「ありが棟」と名前が
付けられている。案内板を読むと、なにやら記念品を持ち帰ることが出来る
らしい。さっそく中に入ってみると、棚の上に輪切りの木に山のシルエット
の焼き印が押されたコースター状のものが10個ばかり置いてあった。いず
れも、置かれてからかなりの時間が経過して、カビが生えているような代物
であったが、まあ記念に持って行けと言うのならと、一つを有りがたく頂戴
した。「気もち瓶」と書かれた瓶には少量の小銭が溜まっており、私も財布
からつまんだごく軽い「気持ち」を投入しておいた。
ありが棟
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ありが棟の案内板
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ここから本格的な山道となり、「頂上まで1.3Km」の道標を確認して登
り始めた。甘酸っぱい匂いが漂ってきたと思えば、道一面にゴルフボール大
の果実が落ちていた。サルナシの実が風で落とされたものだろうか。腐った
果実に、たくさんの昆虫たちが群がっていた。ルリタテハ、アカタテハのあ
でやかな姿が目を引く。
アケビの皮が落ちていた。上を向いて探してみたが、お目当ての実は見つか
らない。クルミの実を蹴散らしながら歩けば、道の真ん中に巨大なタヌキの
溜め糞があり、お山はいよいよ実りの秋を迎えようとしているのだった。
道はかなり急で、息が上がって苦しい。南斜面に刻まれた道は明るく、湿っ
た但馬の山とは少し違った感じを受ける。いよいよ苦しくなってきた頃、目
の前が一気に開けて「ここでいっぷく」と書かれた休憩所に到達。やれやれ
と木のベンチに腰掛け、水分補給をしながら展望を楽しむ。海が見える。
明るい登山道
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途中の休憩所からの展望
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休憩所からは再び厳しい登りがしばらく続くが、やがてアカマツ林の尾根と
なって平坦な足取りとなる。道の左奥に向かって、アカマツが林立している
が、はたしてここにマツタケは出るのであろうか。ひょっとしてと思いなが
ら、道端のマツの下を靴で探ってみた。無論徒労に終わったことは言うまで
もない。
最後の短い急斜面を登り切ると、目の前に大きな弧を描いて日本海が浮かん
でいた。「おおっ!」と思わず声が出る。馬の背状の山頂の南側は、ストー
ンヘンジのような窪地になっており、海を背にして祠が奉ってある。ガイド
ブックによれば、左の石像は役行者だという。但馬の三川山に次いで、この
あたりの山で役行者の名を聞くのは二度目であった。いずれも、古くからの
信仰の山であったことには違いない。
山頂の祠
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役行者の石像
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少し北に向かった地点に二等三角点の標識があった。樹木に遮られて北側の
展望は十分ではないが、間人(たいざ)から西に続く海岸線や、足下に頂の
一部を見せている犬ヶ岬から東に向かって経ヶ岬までの複雑な海岸線が見渡
せる。海岸線から山に目を移すと、碇高原の牧場施設が確認できた。
目の高さで地球の輪郭を縁取る水平線、青い海を行く小さな漁船の一団、海
岸に押し寄せる白い波。耳を澄ませば、犬ヶ岬に砕け散る波の音が風の音に
乗って山の上まで聞こえてくるのだった。
山頂から東の展望
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祠のある岩囲いの上に陣取って、オニギリとインスタント味噌汁の昼食。
目の前の大きな海を見ながらの食事は格別である。残ったお湯を沸かし直し
てコーヒーを入れる。トンボが群れ飛び、ボロボロの翅のアゲハが最後のラ
ンデブーを試みる。近くの枝にアオゲラが羽を休めて、すぐに森に消えた。
そんな山頂の風景を、飽きもせず長い間眺めていた。
南に目を転じれば、小金(おがね)山、金剛童子山、高尾山、高山といった
丹後半島中央部の山々が逆光のシルエットとなって連なっていた。この山々
に囲まれたふるさとに、はいかいさんの暮らしがあるんだなと、仲間のこと
を少し思ってもみた。
山頂から南の展望
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いつまでも去りがたい山頂の思いを断つように、下山は往路を小走りで一気
に下った。結局、最後まで誰一人会うことのない静かな山歩きであった。
車での帰路、弥栄町の「あしぎぬ温泉」に立ち寄った。ゴールデンウィーク
に家族で出かけて満員御礼でフラれた温泉であったが、今日のこの時間はガ
ラすき状態。入り口で500円を払ってエレベータで上がり、連絡橋を渡っ
て丘の上の温泉に向かうという趣向である。
独り占めの野天風呂に身を横たえながら、登ってきたばかりの依遅ヶ尾山を
遠望する。いい山だったなあ。足の筋肉を湯の中で揉みほぐしながら、さき
ほどのことを振り返っていた。
あしぎぬ温泉
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露天風呂からの風景
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【 登山日 】98年10月3日(土)
【 目的地 】依遅ヶ尾山(540m)
【 山 域 】丹後半島
【 コース 】丹後町矢畑経由、登山口Pよりピストン
【 天 候 】晴れ
【メンバー】たじまもり単独
【 マップ 】分県登山ガイド25「京都府の山」(山と渓谷社)参照
【 タイム 】自宅10:15 → 登山口P11:50-55 → ありが棟12:05 →
休憩所12:20-25 → 山頂12:45-13:45 → ありが棟14:05 →
登山口P14:10
○▲▲たじまもり▲▲☆
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