ブナの水、恵みの森 但馬・氷ノ山山麓
 木漏れ日の降る緑のトンネルを抜けると、鉢伏高原の穏やかな草原が目の前に広が  る。真っ青な空に、高原を囲む1000mの稜線がくっきりと刻まれている。急斜  面を一気に鉢伏山(1221m) 山頂まで駆け登るスキーリフト。その右側に小鉢と呼ば  れる小ピークが、山の名前を特徴付けるかのように存在感を主張している。野外学  習の季節だ。今日もたくさんのジャージ軍団が、草原に群れている。  駐車場に車をとめる。昨年と同じように、大きな栗の木と案内板のある前を選ぶ。  車を下りるとかなりの風が吹いていた。冷たい風に思わず身を縮める。少し離れた  小高いところに、サングラスをかけた登山スタイルの一見外人風ねーちゃんが座っ  ている。注意深く観察を続けるとやがて男が現れ、手をつないで記念碑のあたりに  歩き始める。ニッカ履いてチャラチャラすな。と、ついつい隊長モードで怒ってし  まう。(^^;  我が家はいきなり昼食と相成る。チャラチャラアベックをやり過ごし、風を避けて  窪みになった場所を選んで弁当を広げる。最近は骨董品ホェブス625の座を奪っ  て、EPIのマイクロストーブが今日も活躍。インスタント味噌汁が体に暖かい。  ホトトギスの声が聞こえる。  昼食を終え、歩き始めたのが12時20分。あいかわらずののんびりスタイルだ。  林道を少し歩く。キャンプ場を過ぎ、道標のある登山口まで10分ほど。見上げる  草原のピークは高丸山。団体登山の生徒たちは、ここから右回りで鉢伏山を回って  帰ってくるのが通例のようだ。整備された階段道を登り切ったところが小代越(お  じろごえ)。氷ノ山(1510m) が真っ正面にどっかと見える。谷には残雪が所々に白  く光っていて、今年の雪の多さを物語っている。澄んだ空気が山ひだを浮かび上が  らせ、大きな山塊をより立体的に映し出している。その雄大な東尾根の向こうに、  播州の峰々が遠く続いている。  ここから大平頭(おおなるがしら)取付きまでの20分あまりの稜線歩きは、いつ  歩いても格別の気分が味わえる。特に今日のような晴れ渡った日は最高だ。左足下  の草原では、山菜採りの人達の姿が見える。稜線を渡る風は相変わらず吹いている  ものの、次第に弱まっているようだ。いつしか前を行く男性二人連れの登山者に追  いつく。ザックの大きさと銀マットから、今日は泊りだと分かる。これからだと、  山頂小屋だろうか。今晩はきっと素晴らしい星空になるだろう。ホトトギスに混じ  ってカッコウとオオルリの声が、右手の深い小代の谷から聞こえてくる。ツツドリ  はまだのようだ。  大平頭の急登にかかるころ、先頭は私と一番下のチビ。振り返ると、皆それぞれの  ペースでノンビリと歩いている。鉢伏高原の大パノラマが広がっている。チビを励  ましながらきつい登りを一歩ずつ行く。周囲にチシマザサが現れる頃、最初のブナ  の木が、「また来たね」と迎えてくれる。クロモジの枝を折って噛んでみる。いい  香りが口の中に広がる。ここの20分ほどの急登を越えると、山は一気に様相を変  える。先程の高原歩きとは別世界が広がる。このドラスティックな変化が、ブン回  しコースの醍醐味でもある。  登り切ったところに、ホードー杉へ向かう分岐がある。尾根道から逸れるこの道に  入る人は少ない。ここに荷物を置き、大平頭避難小屋までの片道10分あまりの道  沿いで、スズノコ狩りに専念する。昨年6月11日・12日に行った「関但すずの  こオフ」の時には、少し伸びすぎていたものの、両手に抱えきれないほどのスズノ  コを採った道には、今日は一本のスズノコも見あたらない。アリャリャ。それでも  小屋の周辺でかろうじて10本ほど収穫し引き返す。生長の具合からみて、少し時  期が早すぎるのか、気候の影響で生育状況が悪いのか、判断が付かない。  分岐には家族の荷物が置かれ、姿が見えない。どうやら我々がホードー杉に向かっ  たと判断して、谷に入ったらしい。後を追う。分岐からほんのわずか入った所に、  素晴らしいブナ林がある。大きな2本のブナが並んで立っている前は少し広場にな  っており、昨年のオフの宴会場となった。CRAZY MOONさんによる専門的消火活動が  行われた焚き火跡もそのままだ。この広場から少し先で、小さな谷に下りる。昨年  は枯れていた最初の小さな沢にも、十分な水が流れている。  谷はブナ林の真ん中にある。幾筋もの小さな流れが、ブナの根元からほとばしり落  ちてくる。その水を集め、豊かな流れとなって森を下ってゆく。エンレイソウやサ  ンカヨウといった大型の葉っぱが目に付く。白い花はイチリンソウ。チゴユリはこ  れからのようだ。ブナの森はあくまでも静かで、時折静寂を破って鳴く鳥たちの歌  声のほかは、水の音と緑の光だけを感じていられる。  チビが足を滑らせ、靴を濡らしてべそをかく頃、ようやく家族の声が聞こえてきた。  連中はホードー杉のまわりでスズノコ狩りの最中だった。このあたりの林床では、  結構なスズノコの収穫があったようだ。私は久しぶりのホードー杉に、心の中で呼  びかける。「今年の雪は凄かったっちゃ。でもワシは元気だで」 そんな返事が聞  こえたような気がした。  スズノコの皮をむき、沢の水ですすぐ。澄みきったブナの水。その水を沸かし、と  れたてのスズノコを茹でる。茹で上がったスズノコをほう張ると、ブナの森の味が  した。コマドリの涼やかな声が森にこだました。森の恵みに感謝。  【登山日】95年 5月27日(土)  【目的地】氷ノ山山麓(大平頭近辺)  【山 域】兵庫県北部・但馬山岳  【コース】鉢伏高原よりブン回しコース(ピストン)  【天 候】快晴  【メンバー 】たじまもり一族+母たじま  【マップ】エアリアマップ59/氷ノ山  【タイム】12:20発−16:10P着                            ○▲▲たじまもり▲▲☆ ↑ページトップへ