最後の夏を見送って 但馬・氷ノ山
 夏と秋がすれ違う季節。名残る夏と、秋の匂いを求めて氷ノ山を登りました。  いつもなら家族全員で出掛けるところですが、今日は長男一人を伴っての登山。  好天の中、氷ノ山最後の夏を見送ってきました。  【目的地】氷ノ山(ひょうのせん)(1510m)  【山 域】因但国境(兵庫県)  【登山日】1994年9月4日(日)  【天 候】晴れ  【コース】布滝登山口〜あずきころがし〜氷ノ山〜東尾根〜布滝登山口  【マップ】エアリアマップ59/氷ノ山  【同行者】YOU(小1)  【タイム】自宅08:20 〜 布滝登山口09:20 〜 地蔵堂10:05 〜 氷ノ山越11:00 〜      氷ノ山12:00-12:52 〜 神大ヒュッテ13:13 〜 東尾根避難小屋14:16 〜       東尾根登山口14:38 〜 布滝登山口15:18 *布滝登山口  福定から林道に向かい、布滝登山口を目指す。すぐに変わり果てた登山口を目に  する。昨年あたりからこの登山口周辺の整備が行われていたが、ようやくその自  然破壊工作も終わったようだ。すっかり流れを変えた八木川。セメントの水路。  水は伏流となって地下をもぐり込んで流れている。水に親しむ公園を、お作りに  なったのではないでしょうか。大雨以外、この川に水は流れないようだ。  駐車場の横にはログキャビン風のトイレ。川の横の広場には3張りのレジャーテ  ントが張ってある。その横の遊歩道を行く。橋を渡り登りになると、雨に洗われ  た道に深い亀裂が走っている。大きな広場があり、管理棟と炊事棟が建っている。  山際には、氷ノ山登山者達を長く見つめてきた多田ケルンという記念碑がある。  このケルンはどんな思いで、今の風景を見つめているのだろう。 *あずきころがし  登山口から堰堤を過ぎ、河原の中を少し歩く。左は不動滝の谷、右は布滝の谷。  2つの谷の水がここで合流する。駐車場から8分ほどで山道に入る。ここから少  し登ったところで、右に布滝を見て登山口へ下りる遊歩道がある。谷にかかった  橋から、布滝を真正面に遠望できる。(0931)  この先、道はジグザグになって次第に高度を上げてゆく。やがて左手に不動滝の  姿を見る。幾重にも重なりあう沢筋の遙かかなたに、氷ノ山の主稜が見える。  わかたさんが昨年秋、この沢を登る予定で果たせなかった。ザックの中のトラン  ギアに無言で語りかける。(0939)  右手に再び布滝を見ながらさらに進む。「あずきころがし口」と書かれた分岐点  に到着。ここで一回目の休憩をとる。大汗をかいた体に、昨夜仕込んだ冷やしバ  ナナが美味い。(0948-0955)  右の道はあずきころがしの迂回コース。迷わず左のあずきころがしへ向かう。ブ  ナの大きな木が現れてくる。左は深い谷、右は岩肌の斜面。道は大きな石を越え  ながら登る。このコース一番の難所とされているが、言うほどのことは無い。YOU  でも何の不安もなく歩ける道だ。しばらくして「あずきころがし」と案内板がか  かった場所に出くわす。右上から左下へ、鉄砲水が流れた跡の様なえぐれた斜面  が落ち込んでいる。この登山コースの名前の由来となった場所である。  ここを通過してしばらくすると斜面が緩やかとなり、杉の植林地へ入り込む。や  がて地蔵堂が現れここで迂回道と合流する。地蔵堂は青いトタンで囲まれた無粋  なたたずまいである。中に安置されている大きなお地蔵様は、かなりの年月を経  たものであろう。かつて加藤文太郎が宿をとった面影は、今はどこにも無い。  本日の登山の安全を祈って二人で手を合わせる(1005) *水場を辿って  地蔵堂付近の杉の植林地を過ぎると、再び豊かな自然林の続く気持ち良い道だ。  YOU が木に掛かっている説明板を見つけるたびにそれを読む。  「イ・ヌ・ブ・ナ」「イヌブナだよ。父さん」  6月の「関但すずのこオフ」でアメリカ人のJR君と話したことを思い出した。  CATHY:「アメリカにブナに似た木は有るの?」  JR :「有るよ。Dog tree っていうんだ」  イヌブナとDog tree。木肌から犬を想像するところが、同じ名前を生むのだろう  か。文化が違っても、人の考えることはどこも同じだ。  地蔵堂から10分。豊かに流れる水場を横切る。ハクウンボクの木の下、冷たい  水がコンコンと流れている。顔を洗い、喉を潤す。YOU にこの水はどこからやっ  て来るのかを説明してやる。分かったような分からないような返事をしながらも、  森の大切さということだけは意識の中に残してくれたようだ。(1015)  樹林から見え隠れする氷ノ山の主稜が峠の近いことを教えてくれるが、中々そこ  に辿り付かない。途中、「弘法の水」と書かれた水場を通過。エアリアマップに  も記載がある水場であるが、水は涸れて一滴も流れていなかった。(1039)    汗だくになりながら、ゆっくりと高度を稼ぐ。目を上げると突然アサギマダラが  優雅に飛び上がる。アブの羽音がずっと我々を追いかけてくる。暑い、峠は未だ  か。「一口水」と書かれた水場を通過。道端の割れ目から小さな流れが落ちてい  る。先客がササで飲み口を作ってくれている。頭を下げてササから迸る水を直接  口に入れる。うまい!(0951)   *氷ノ山越  あたりにチシマザサが目立ってくる。稜線はすぐそこだ。と思った途端、ササの  間から白い大きな建物が見えた。ありゃりゃ。何だ?  建物が大きく迫り、見慣れたお地蔵さんが目に入った。氷ノ山越である。何と新  しい避難小屋が建っているではないか。元あった小屋は陰も形も無くなっている。  敷地には「因幡堂跡」と書かれた碑が建っている。お地蔵さんに彫られた文字を  読んでみると、天保十四年とある。随分古くからここに立っておられる。このお  地蔵さんと因幡堂、何か歴史が隠されているのだろう。(1100)  鳥取県側の展望が開けている。峠の下には舂米のスキー場が見える。右手の道は  ブン回しコース。6月のオフには、沢山のFYAMAerがここを越えていった。  あの時には、ここの避難小屋が建て替えられる気配すらなかったのに。  新しい避難小屋はブン回しコースにある大平頭避難小屋と同じ規模のものである。  2階フロアも板が張って有り、宿泊に利用できる。中には登山案内のパネルが掛  けてあり、アルミサッシの窓を開け放つと、峠を越える風が心地よく通ってゆく。  新しいペンキの匂いを鼻の中に残しながら、小屋を後にする。(1108) *縦走路  氷ノ山に到る縦走路は、今年になって3度目である。途中のブナ林は、いつ来て  も素晴らしい。夏鳥たちはすでに南に帰ってしまったのだろう。賑やかだった森  も、今はただ風の音だけを聞いているようだ。  一匹のミンミンゼミが、夏を惜しんでゆっくり鳴いている。「あっ、ヘビ!」  先頭を行くYOU が声を上げる。見ると、ヤマカガシがのんびり道を這っている。  すべての生き物が、静かに夏を終えようとしているようだ。  仙谷分岐で老年の一団体に出会う。どうやらここで弁当のようだ。目の前にコシ  キ岩が迫る。先行パーティが登っているのが見える。今日はYOU にこの岩を登ら  せることにする。取っつきでのホールドがやや難しそうであったが、一人でどん  どん登って行く。あっと言う間に岩の頂上へ。学生のパーティが煙草をくわえて  いる。久し振りのコシキ岩からの絶景だ。今年は過去2回ともガスの中であった。  舂米が真下に良く見える。縦走路に沿って、今来た氷ノ山越避難小屋、大平頭避  難小屋、鉢伏高原を囲む柔らかな稜線がパノラマとなって広がる。(11:50)  少し休んで山頂を目指す。稜線の左斜面に、工事中の景色が目に入る。ユンボが  居る。こんな頂上直下で何をしてるんだ。木の杭が沢山置いてある。見ると、道  を広げてまた階段を作ろうとしている様子だ。確かにコシキ岩の巻き道は急で、  何時もぬかるんでいる。ロープも張ってあって、雨の時には難渋するところだが  辛抱できる道である。公園整備ですか? キャタピラの下で沢山の生き物が無残  な姿になっていますけど。また一つ氷ノ山の魅力を殺して行くんですね。下の登  山口もそうだったように。  最後の登りを一気に登り切って、氷ノ山山頂に立つ。先客も少なく、実に静かな  山頂である。登山口から約2時間30分の歩行であった(1200) *氷ノ山山頂  景色を愛でるのは後回し。とにかく腹が減った。避難小屋に入り、トランギアの  アルコールコンロでカップ麺用の湯を沸かす。その間にも次々に登山者がやって  くる。6月には囲炉裏が随分汚かったが、綺麗に掃除がしてある。室内も綺麗に  なっていて気持ちが良い。  湯が沸く間、外に出て景色を眺める。少し霞んではいるが、申し分の無い360  度の大パノラマである。北に連なる但馬の峰々。西に遠く大山の姿がぼやけたシ  ルエットとなって見えている。南に目を転じれば三室山の特徴的な山容が望める。  南から東にかけて遠く重なる峰々は、播州、丹波のどんな山であろうか。  YOU は山頂のレリーフに腰掛けて、トンボと遊んでいる。人指し指をピンと立て  て止まらせては得意になっている。トンボの動きを見ていると、群れが突然小屋  の周りに近づいたかと思うと、またどこかへ行ってしまうといったことを繰り返  しているようだ。  沸いたお湯でラーメンを作り、サンマの蒲焼を放り込んで食べる。意味も無く試  みたことであるが、YOU には好評であった。私も不味いとは思わなかった。  「サンマラーメン」と名付けることにする。(^^)  腹がふくれたところで、小屋の利用ノートに目を通す。6月12日、関但すずの  こオフ隊の記録が残っている。懐かしい。遅れて登頂したぶなばやしさんたちの  メッセージを発見して嬉しくなる。その後沢山の人達によって綴られたノートを  見ながら、氷ノ山の相変わらずの人気振りを感じた。  8月30日、一人のFYAMAerの利用記録を発見! 単独で一晩ここで宿泊  された旨が書かれていた。メッセージにはその夜、満天の星空であったことが記  されていた。いつか私も、氷ノ山山頂からの降るような星空を眺めて見たい。  その人からの山行報告も、楽しみに待っていたい。(^_-) (1200-1252)   *東尾根登山路  下山は東尾根に向かう。谷を越えた鉢伏高原からのブラスバンドの音が、風にの  って時折聞こえてくる。YOU は時折木の根に足を取られながらも快調な足取りだ。  20分で神大ヒュッテに到着。ここの水場を確認に行ったが、すっかり涸れてい  た。まわりはブナの原生林が立ち並ぶ場所なのだが、どうしてなのだろう。(1313)  背の丈を越えるチシマザサのトンネルを下る。ヒュッテから10分下った所で水  場に出くわす。今度は私がササで飲み口を作っておく。(1323)  ブナ林が目立つ林の中を気持ち良く下る。途中、もう一箇所の水場を通過。やが  て道は尾根を辿るようになり、樹間をわたる心地よい風を受けながら歩く。道幅  が広がり、杉の植林が目につくようになると下降点は近い。昔のままの東尾根避  難小屋から左の階段道へ向かう。気だるそうなエゾゼミの声がする。(1416)  この階段道、登山口まで延々と続いており閉口する。登りに使う時はなおさらで  ある。そろそろYOU も疲れてきた。スキー場ヒュッテにある自動販売機のコーク  を餌に、叱咤激励する。やがてスキー場のススキの穂がフィナーレを告げてくれ  る。林道めがけて一気に駆け降り、東尾根登山口に出る。二人で握手。(1438) *エピローグ  奈良尾キャンプ場を過ぎ、ヒュッテの自動販売機に飛びつく。下界より20円高  いコークに腹を立てながらもYOU と乾杯だ。冷えてて旨い!  備付けのベンチを見ると、「全県全土公園化」などと書かれている。ベンチに腹  を立てても仕方が無いが、今日見た一件のことが重なって怒りが膨れ上がる。  思わずコークの缶を握り潰す。(^^;  ふと前の広場に目をやると、何やら錆びた鉄の櫓が放置してある。近づいてみる  とそれは、撤去された氷ノ山越避難小屋の枠組みであった。ヘリで下ろしたもの  であろう。長きにわたる風雪に耐えて登山者を守ってくれ、今役目を終えた小屋  の鉄骨を見ながら感動を覚えるのであった。  アスファルトの林道を30分ほど下り、今朝ほど出発した布滝登山口に帰ってき  た。(1518)  山頂からの歩行時間は約2時間。登りと合わせて歩行4時間30分の息子と二人  の氷ノ山登山は無事終了した。随分逞しくなった息子を頼もしく思った一日。  氷ノ山最後の夏を静かに見送った。   94/09/05 毎度の長文、お読み頂きありがとうございました ▲CATHY (PED02620)♪ ↑ページトップへ