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早い夕暮れに包まれた横行渓谷を遡る。こんな時間から氷ノ山に向かうのは初 めてのことだ。途中、路肩の湧水「ぶなのしずく」を水タンクに詰める。水場 前の広場では数組のファミリーがレジャーテントを張って賑やかにやっている。 フォグライトを点灯して暗い渓流沿いを上り、大幹線林道と合流するころには 再び夕方の光があった。標高1100mの大段ヶ平駐車場に車をつける。何年 ぶりのことだろう。3台ほど車があったが、日暮れまでに2台が去り、鳥取ナ ンバーのワンボックスが残った。熟年夫婦と大型犬が1匹。結局、私たちとこ の車の2台が大段ヶ平で夜を過ごすこととなった。 ワンボックスから少し離れた、東に開けた場所にテントを張る。ダンロップの 3人用ドームテントは、30年ほど前に買ったものだ。あまり使うことがなかっ たこともあり、今でも十分使用に耐える。途中で一度、アルミのフレームパイ プを交換したくらいだ。よい道具は長持ちする。 シュラフを広げ、アルミテーブルをテント前にセットする頃には、空の色は急 速に落ちてゆき、黒々とした山影はいつしか星空の下に沈み込んでいった。 適当に調達したアテでビールとワインを飲み、仕上げにレトルトのカレーで腹 を膨らませた。 風があり、時々テントを揺らした。空は満天の星空であり、少し離れてシカの 鳴き声が聞こえた。近く笹藪の中をガサガサと動くものがいたが、シカだった のか、クマだったのかもしれない。暇つぶしに、読みかけの本を持って上がっ たが、結局読むこともなく、早々にシュラフの中に潜り込んだ。鳥取ナンバー は車中泊で、カーナビのラジオかテレビの音がいつまでも聞こえていた。 朝は4時半に目が覚めた。5時前、夜と朝がすれ違う瞬間。空はドラマチック に刻一刻と表情を変えてゆく。妻を起こして一緒に夜明けの水平線を眺めるが、 シュラフのぬくもりを求めてすぐにテントに入ってしまった。やがて雲間から 太陽が顔を出し、朝が来た。 駐車場の入口にはバイオトイレが設置されており、ここでのキャンプも快適と なった。簡単に朝食を済ませ、テントを片付けてから氷ノ山に向かった。出発 時刻は7時30分。我々の普段の山歩きに照らしてみれば、この早朝スタート は快挙ともいうべきだ。林道脇から山道に入る。 朝日が柔らかに若いブナ林に差し込む。3歳の次男を連れて家族でこのコース を歩いたことを思い出す。彼も今は大学2年の青年だ。大屋町避難小屋で一休 みし、もう1ピッチで神大ヒュッテの分岐に出た。今回の登山は、我が夫婦の ほかに、実はもう一人が一緒なのであった。ザックの中から、小箱に入れた亡 き父の遺骨を取り出す。分岐に立つブナの根元を最初の散骨場所に決め、シャ ベルで少し土を掘って白い骨のかけらを埋めた。晩年、甘いものが好きだった 父に、行動食のキャンディを一つ添えてやった。埋め戻してから水を注ぎ、妻 が摘んできた野イチゴを挿した。 神大ヒュッテから上は馴染みのある道。それでも、ずいぶん氷ノ山から遠ざかっ てしまったので新鮮だ。ユキザザの赤い実にレンズを向ける。神大ヒュッテか ら1時間足らずで氷ノ山山頂に到着。大段ヶ平駐車場から2時間の行程となっ た。申し分のない爽やかな秋空。馴染みの山々がよく見渡せる。山頂避難小屋 に入り熱いカップ麺を二人で分け合った。 先客の年配の男性と会話を交わす。東京の八王子から来られたという。私たち もかつてそこで暮らしたことや、高尾山から陣馬山の縦走路の話などでしばし 盛り上がる。男性は東尾根に向け先に出発された。 10時を過ぎると次々に登山客が到着し、賑やかな山頂となっていった。時間 はたっぷりあるので、これまで踏み込んだことのない鳥取県側の三の丸方面に 下山路をとる。チシマザサの草原といった山容。小さなアップダウンを繰り返 しながら、ちょうど1時間で三の丸へ到達。展望台で一休みししてから、幅広 のトレールを軽快に下る。 分岐を殿下コースに折れると、樹林帯となる。このコースのシンボル的存在の 仙人門をくぐると、傾斜がきつくなる。ときどき大きなブナが現れるが、ブナ 林は但馬側の登山コースの方がよい。三の丸から1時間で殿下登山口に降り立 つ。ここにもバイオトイレがあった。 さて、ここから林道を大段ヶ平まで登り返すのだが、感覚で1時間くらいだろ うと踏んでいた。しかし、実際は1時間半掛かって少し消耗した。途中で見た 新鮮な足跡はツキノワグマのものだ。人の足跡によく似る。尾根の上に赤い屋 根の大屋町避難小屋が見えるとゴールの近いことを感じるのだが、一旦谷まで 降りて登り返す林道の前途はまだ長いのであった。 長い林道歩きを終え大段ヶ平駐車場に戻れば、10数台の車が入っていた。 例の鳥取ナンバーはまだいて、女性と犬が外で寛いでいた。男性は山に入った まま戻ってきていない様子だった。遅い昼食を適当に済ませ、林道を福定方面 に車を出す オタカラコウの群落にアサギマダラが吸蜜に来ていた。アサギマダラもこれが 見納めになるだろう。東尾根登山口を過ぎ氷ノ山国際スキー場。自動販売機で 冷えたコークを買って喉を潤す。何組かの東尾根下山組のパーテイを追い越し、 福定親水公園の登山拠点を経て大久保からハチ高原へ。 こちらに回った目的は別宮の大カツラの湧水。今晩のキャンプに備えての水汲 みである。いつもの棚田は稲刈りが進み、午前中ピークに立っていた氷ノ山は 西日の中にシルエットでそびえていた。ハチ北温泉で汗を流し、村岡のマーケッ トで食材を仕入れ、次の山へと入って行った。 ※撮影:D90+SIGMA10mm,17-70mm 【 登山日 】09年9月20日(日)〜21日(月) 【 目的地 】氷ノ山(1510m) 【 山 域 】但馬 【 コース 】大段ヶ平〜山頂〜三の丸〜殿下コース〜大段ヶ平 【 天 候 】晴れ 【メンバー】たじまもり夫婦 【 マップ 】持たず(エアリアマップ「氷ノ山」参照) 【 タイム 】大段ヶ平P7:30…神大ヒュッテ8:40…氷ノ山山頂9:30-10:10… 三ノ丸11:10…殿下コース入口12:10…大段ヶ平P13:45 |