トップたんたん山ある記氷ノ山>このページ

ブナのしずく、氷ノ山



雨のブナ林

土曜日に登る予定を1日延ばした。崩れた天候も日曜日には回復するという天
気予報もアテにしたのだが、鉢伏高原はガスに包まれたまま、ときおり小雨も
落ちてくる。この季節、ネコも杓子も自然学校だ。地元にお金が落ちるのはよ
いけど、インスタントなツアーで子供たちに自然を学ばせることが果たしてで
きるだろうか。このようなニーズのために自然が不自然に歪められることは本
末転倒だとも思う。

カッパ姿の小学生の一団が歩き出したところで、この団体から離れるために妻
たじまと二人いつもにないハイペースで小代越に向かった。少し油断するとす
ぐ後に賑やかな列が近づくので、ここはただ黙々と足を進める。それでも脇の
フタリシズカアマドコロ(後ピン失礼)が目に入ると写真を撮らないと気が
すまない。小代越でも休憩なしで大平頭(オオナルガシラ)に向かう。団体は
ここから反対方向の高丸山に登り、そこで大声でヤッホーやら歌をうたってか
ら鉢伏山に向かうはずだ。

稜線はすっかりガスの中で、先ほどの団体をやり過ごせばこんな日に他の登山
客もいない。夫婦二人で雲の中を歩く気分。トケン類の鳴き声、私たちの前を
道案内してくれるのはヒバリ。ホウチャクソウヒメハギなどを見ながらゆっ
くり歩く。スミレもあれこれと目につくのだが、写真に撮るとまた同定で悩む
のでパス。ようやく一休みしてから大平頭の急登にかかる。

気温が低く湿度100%のガスの中の登りは呼吸がとても楽ちんだ。いつもは
苦しい15分のルートも楽々登ってゆける。足元にはユキザサチゴユリが目
に付く。藪の根元に目をこらせばギンリョウソウが頭を出したばかりだった。

大平頭からホードー杉の沢筋を下る。5月の降水量が少なかったせいで沢の水
も少ない。しかしここの水が決して枯れることがないのはブナの森ならでは。
沢を下ってゆくにつれ、ブナのしずくを集めた水が音を立てるように流れる。
昨秋の台風では里山に大きな被害が出たが、ブナの森に大きな変化はなかった。
沢が土石で埋まることもなく、斜面が崩れた跡もなかった。ただ、老木のいく
つかは強風に耐え切れずに横たわっていた。

ホードー杉は昨年にも増して痛めつけられており、この巨木も寿命をまっとう
する時が近い。いつもの場所で昼食にする。雨は時折強く降るときがあるが、
空は次第に明るさを増して回復傾向にあった。途中で摘んできたスズコノを沢
の水で茹でる。茹であがりをマヨネーズで頂く。私たちが毎年ここに向かうの
は、「たったこれだけの瞬間」を味わいたいがためである。もちろんお土産に
スズノコを摘んで帰る楽しみはあるけど、ブナの水で茹でたスズノコをブナの
森の中で食べることこそが、この山行きの真髄なのである。

雨なのでゆっくり休むこともなく、お腹がふくれたところで引き返す。笹薮突
撃は妻たじまが買って出たので私はサポートに回る。今年もすでに山麓の笹薮
で老人が命を落としている。スズノコ採りはいわば「命がけ」の山菜採りでも
あるようだ。笹藪深く侵入してしまうと、気づいたときには戻れなくなってい
るというわけだ。私たちはいつもホイッスルを首から下げて藪に入るようにし
ている。

この谷のスズノコは時期が少し早いようだ。顔を出したばかりのものが多かっ
た。黄色いキノコが出ていたがキシメジだろうか。沢沿いには葉に特徴のある
エンレイソイウやツクバネソウが目についた。目を上げれば雨のブナ林が幽玄
をかもしており、ときおりコルリの声が森の静寂を破った。

大平頭の笹藪でも妻たじまは奮闘を続け、結構な収穫が出来た。藪こぎですっ
かり濡れネズミになった彼女、コーヒーを沸かして温まったあと、私の着てい
たレインウェアを羽織ると人心地ついた様子だった。若い時は無頓着でかまわ
ないことでも、歳をとると道具に助けられることがある。しっかりした登山用
具を買おうと約束した。

鉢伏の稜線を歩く頃、ようやくガスが上がり始めた。切れ間から大久保の集落
が物語の村のように見えた。スミレの花が気になる。雨しずくのスミレを1枚
だけ撮って小代越から下山。駐車場に戻ると青空が少し見え始め、丘の上では
小学生の団体が記念撮影の最中だった。別宮(べっく)の棚田(正面の雲の中
は氷ノ山)でワンパターンの写真を撮ってから家路につく。そうそう、この日
は夫婦ともども財布を持ち忘れて、一銭も使わないレジャーだった。ま、スズ
ノコのお土産だけで充分。

※撮影はすべてNikon E5000+WC-E68

 【 登山日 】05年6月5日(日)
 【 目的地 】氷ノ山大平頭・ホードー杉
 【 山 域 】但馬
 【 コース 】鉢伏高原中央駐車場よりピストン
 【 天 候 】雨
 【メンバー】妻たじま、たじまもり
 【 マップ 】持たず(エアリアマップ「氷ノ山」参照)
 【 タイム 】鉢伏高原駐車場10:25…小代越10:53…
       ホードー杉12:08-12:30…小代越14:30…P15:00