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初秋の山頂集会、氷ノ山


ヤマジノホトトギス
ヤマジノホトトギス


 氷ノ山山頂で完成間近のトイレ付き展望台、新たな計画として報道された尼
 工ヒュッテ跡のヘリポート建設。いずれも、山頂で県境を隔てる鳥取県の事
 業であり、遅れ馳せながらではあるが、事の重大性を察知した兵庫県の生物
 研究グループが反発の声を上げた。
 
 そんな新聞報道を受けて、パティオやMLの仲間と「氷ノ山山頂を考える」
 メッセージのやりとりを行ったばかりだった。明日の日曜日、主導者のMさ
 んが山頂で報告会を開くという。登ってみようと、夜になってから急に思い
 立った。噂のトイレ付き展望台をこの目で確かめて見たかった。
 
 日曜日、早起きして福定の親水公園に向かった。集会は11時から始まる。
 余裕をみて3時間の登り。8時には歩き始めたかった。最近、この田舎でも
 コンビニストアの数が増えた。朝早い時刻でも、食料を買い求めることが出
 来るのは有りがたい。9号線沿いのコンビニで食料調達。ネットで山岳遭難
 事故のニュースを聞いたばかりであり、つい、いつもより多めに買い込むこ
 とに。

 親水公園の駐車場には2台の車。見覚えのあるバンは知り合いのHさんの車
 だった。隣に車を付けて、急かされるように山に向かった。低い雲が垂れ込
 め、但馬エリアの今日の天気は「晴れ」の予報ではあるが、氷ノ山はこの先
 も晴れそうに無かった。八木川を跨いで登山道に取り付けば、沿道のツリフ
 ネソウがよく目立つ。布滝を見て、つづれ折りの急勾配を登り続ける。久し
 ぶりの山歩きのせいか、かなり苦しい。
モミジハグマ
モミジハグマ
ツルリンドウ
ツルリンドウ
 避難小屋で宿泊したらしいカップルが下りてきて挨拶を交わす。後ろの女性  が「いってらっしゃい」と声を掛けてくれた。いい挨拶だなあと思った。  これで少し元気を貰い、下からおよそ30分で地蔵堂に到着。プロトレック  の高度915m。  地蔵堂まで来れば、あとは惰性で歩ける。植物層も豊かになり、少し行って  は写真を撮るということを繰り返しながら、この山道歩きを楽しむ。途中、  単独の男性に追い越される。時間が少し早いこと、季節的な要因もあるだろ  うが、今日の氷ノ山歩きは本当に静かだ。シジュウカラの群が間近まで寄っ  てきて愛想を振り撒いてくれるのが慰めになる。  沿道に咲く野の花は多様で、名前が分からないことが悔しい。ヤマジノホト  トギスが綺麗だ。ツルリンドウも可愛い。季節によって花の色の特色という  ものがあるように思う。春は黄、夏は白、そして秋は紫というのが、私の感  じる花の色だ。紫を持った花が、今日の氷ノ山でも沢山目に入る。
氷ノ山越え
氷ノ山越え
ツルニンジン
ツルニンジン
 地蔵堂から1時間で氷ノ山越え。プロトレックは1225mを指示している。  避難小屋の中から賑やかな話し声が聞える。ゼリー飲料を口にしてからすぐ  に山頂に向かう。ここから1時間の尾根歩きだ。  ブナ林を通過。ガスの流れる森の中で、アカゲラが「キョキョ」と鳴き続け  ている。いい雰囲気だ。ブナの古木に絡んだツタウルシが色をつけ始め、ミ  ズナラの立ち枯れにはツキヨタケが着いている。ブナ林を越えると視界が開  ける。前方のコシキ岩から上は雲の中。左手に鉢伏高原がかろうじて見え隠  れする。遠くで「銭取り、銭取り」の鳴き声。夏鳥のメボソムシクイだ。  彼らが南へ向かう時期も近い。
ツキヨタケ
ツキヨタケ
雲に覆われた山頂付近
雲に覆われた山頂付近
 仙谷コース分岐を過ぎ、本日はコシキ岩はパス。整備された広い階段道は、  大人の歩幅に合わない。渡し木の下は水流でえぐられ、階段を嫌う踏み跡が  左右に出来あがっている。兵庫県も氷ノ山山頂の自然保護に対し、ずいぶん  無頓着な行為をしたものだと思う。  10時30分、山頂。プロトレックは20mほど低い標高を示している。6  月に訪れたときにはそこにあった尼工ヒュッテは跡形もなく撤去されており、  すこし盛り上げられた四角形の敷地が、この山頂の景色を作り上げていた往  時の建物の名残りとしてそこにあった。ずいぶんと小さな面積だった。あい  にくのガスの中であり、ヒュッテの無くなった山頂からの展望を見ることは  出来なかった。  山頂避難小屋には10名足らずの登山者がいて賑やかだった。先に到着して  いるはずのHさんの姿は無かった。ベンチの隅に腰を下ろし、集会が始まる  前に腹ごしらえとする。熱い味噌汁で体が温まる頃、Hさんがひょこっと現  れた。私の隣に座って息を整えながら、Hさんの話を聞く。親水公園を6時  半に出て、氷ノ山越えから舂米(つくよね)に一旦下山し、仙谷コースから  登り返してきたのだという。年配とお呼びするに相応しいHさんの、そのコー  スどりには恐れ入った。仙谷コースの素晴らしさを聞かされ、まだ歩いたこ  との無い私は大いにそそられた。  11時開催予定の集会は、主催者のMさんの到着の遅れで12時から始まっ  た。多くの参加者は大段ヶ平からのアプローチ。鳥取県側からは地元若桜町  のご夫婦が氷ノ山越えで登ってこられていた。16名あまりの参加者は、行  動を起こすに到った背景としての山頂エリアの自然環境の貴重性、鳥取県側  の事業計画と経過など、Mさんの言葉に耳を傾けた。続いてMさんと共に行  動の主導役を担っておられるAさんの、鳥取県側との交渉経過、今後の行動  予定などが報告された。
トイレ付き展望台
トイレ付き展望台
完全水洗トイレ
完全水洗トイレ
 残された貴重な自然環境を守ろうとする人、山をもっと楽しむためにと整備  を進める人。お互いのせめぎ合いの中で、人と自然の妥協点を見出さなけれ  ばならない。難しいことではない。山の中に少しの間だけ居させてもらう人  という英知の生き物は、その山の住人たちのために最大限の遠慮と謙虚さを  持つだけでよいのだから。  集会が終って、完成間近のトイレ付き展望台を見てきた。小便器と大便器が  一基づつある。新聞報道ではバイオ式とあったトイレの実体は、完全水洗式  のものである。展望台の横には、地中に埋められた浄化槽のエリアがある。  トイレの水は浄化水を循環して利用する。また、雨水を浸透させるエリアが  あって、浄化水と混合することにより水量を確保するのだという。浄化のた  めの動力源は展望台の壁に張られたソーラーパネル。建物の1階部分は、蓄  電池と制御盤で占められている。氷ノ山山頂にこのような大掛かりな制御装  置が設置されたことは、真に驚きである。  確かに、山頂での用足しに清潔な水洗トイレの存在は有りがたい。特に女性  にとっては願ってもない施設の完成である。中高年登山者が急増した今日に  あって、山のトイレ問題は由々しきことである。北海道の山では「自分の出  したものは持ちかえろう」という運動が展開されている。そのための携帯ト  イレの開発も、より衛生的にという観点で改良が重ねられているようだ。  生物関係者が今後懸念するのは、厳冬期の山頂の気象条件の中で浄化設備が  正常に維持し続けられるのか、ソーラーパネルの反射光がこのエリアに棲息  するイヌワシの飛翔に影響を及ぼさないか、山頂施設を当て込んでの登山者  増加に伴う自然環境の悪化、というようなことである。トイレの2階部分は  窓の無い展望台となるが、避難小屋としては使えないし、わざわざそこに登っ  て展望を楽しむ人がいるだろうか。山頂から三ノ丸方面の景観を犠牲にして  までも、2階建ての建物を建てる必要があったのか、この事業のありかたに  は首を傾げる部分も多い。
古生沼の看板
古生沼の看板
オヤマリンドウ
オヤマリンドウ
 13時45分、大段ヶ平からの皆さんと一緒に下山開始。途中、古生沼に立  ち寄る。Mさんたちが立てた看板と、湿原の入口に張り巡らされたトラロー  プが、この湿原の危機的状況を物語っている。Mさんたちの努力の結果は、  ゆっくりとした湿原植物の回復という形で目に見えつつある。無くしてから  嘆いても始まらない。今なら、まだ間に合うかも知れない。その努力の行為  と山頂整備の光景が、山歩きを楽しみの一つにしている私の中で、天秤のよ  うに揺れ動いている。  神大ヒュッテで皆さんと別れ、Hさんと二人で東尾根に向かった。野鳥の話  や山の話、見つけた花の名前を教えてもらいながらの下りは楽しい。  「ここでは、必ずミソサザイが鳴いとってなぁ」  「僕は一ノ谷とは呼ばずに、ミソサザイの谷と呼んどった」  「最近は聞かんようになった」  とHさん。東尾根のドウダンツツジの紅葉はまだまだ先。林床には真っ白な  キノコが多く目に付いた。
フシグロセンノウ
フシグロセンノウ
クロバナヒキオコシ
クロバナヒキオコシ
 東尾根避難小屋のベンチで、山頂で見たカップルが休憩中。フシグロセンノ  ウの朱色が鮮やかだ。その隣の小さな紫色の花を指して、Hさんが食べて見  ろと言う。口に入れて噛んでみた。すぐに強烈な苦味が広がった。Hさんは  笑いながら「倒れた人を引き起こすほど苦い」ヒキオコシという名前を教え  てくれた。センブリと同じような苦さを感じたが、ヒキオコシも健胃薬とし  て古くから利用されてきたらしい。  階段道を下って林道の登山口へ。振り仰げば氷ノ山山頂は相変わらず雲に包  まれている。向かいの鉢伏山はよく望め、下界方面には青空が見えている。  5分ほど林道を下ると、タイミングよく大段ヶ平に下山したメンバーの車が  下りてきた。「下まで乗ってゆきませんか」ということで、30分のアスファ  ルト歩きをパスすることが出来たのはラッキー。    親水公園でHさんと別れ帰途につく。福定の幹線道に合流する路肩に、  「いせみち」と書かれた碑が立っている。いつも気になりながら素通りして  きたが、車を止めて写真におさめた。往時の因幡の国の人たちは氷ノ山越え  を経て福定に到り、ここからお伊勢参りに向かったという。因幡と但馬の交  流を偲ぶ碑の前に、コスモスの花が揺れていた。
登山口からの鉢伏山遠望
登山口からの鉢伏山遠望
福定の路傍に立つ碑
福定の路傍に立つ碑
 【 登山日 】2001年9月9日(日)  【 目的地 】氷ノ山(1510m)  【 山 域 】因但国境  【 コース 】あずき転がし〜東尾根周回  【 天 候 】曇り  【メンバー】たじまもり単独  【 マップ 】エアリアマップ59「氷ノ山」  【 タイム 】自宅6:45…布滝登山口(665m)7:50-7:55…地蔵堂(915m)8:30…        氷ノ山越(1225m)9:30…仙谷分岐(1380m)10:12…        山頂(1490m)10:30-13:45…古生沼…神大ヒュッテ14:30…        東尾根避難小屋15:30…東尾根登山口15:50…布滝登山口16:00