豊岡盆地を取り囲む山々の中で、真東に際立ったピークを突き上げて但丹国
境を分かつ法沢山は、私にとって長年の憧れの山の一つであった。特に、今
の場所で生活するようになってからは、東のランドマークとしてさらに身近
な存在となっていた。特に、雪の季節になれば、山頂から真っ直ぐ一本の白
い縦筋が現れるのが特徴で、いつかはあの道を登ってやろうと思い続けなが
ら、長い間果たせずにいたのだった。
急に思い立って、暇そうに転がっていたこたじま/GENを伴って、初めてこの
山を目指すことにした。出掛ける前、今年の6月に同じコースを歩かれた
PATIO仲間の松テツさんのレポートを、プリントアウトしてポケットにしま
いこんだ。神美(かみよし)トンネルを抜けると小野の谷。ヒガンバナの咲
き始めた谷を詰め、自宅から6,7分走ったところで、どん詰まりの奥小野
の集落。バス停の分かれ道をガードレールに沿って直進。右手に登山口の案
内板を追い越す。
奥小野バス停
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法沢山登山口案内板
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土壁の蔵に目を奪われながら奥小野の集落を抜け、アスファルトの道をしば
らく上る。畑で精を出す村人が腰を上げ、我々を見送る。法沢山の鋭いピー
クが見え隠れし、ほどなく舗装道路が途切れる二股分岐に出くわす。
土壁の蔵
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めざす法沢山
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松テツさんのレポートによれば、彼はここから歩き始めたらしい。記述には
この先は悪路とあった。さて、しかし今日のところは偵察も兼ねて車を入れ
て見ることにし、右に伸びる林道に向かった。見通しのきかないS字カーブ
の向こうに、道をふさいで軽トラが止まっており、溝で爺さんが作業をして
いた。爺さんが「どけぇ、行きなる?」と、少し警戒したような声を掛けて
きた。我々の目的を告げ、この道で良いのかどうか尋ねた。道が間違ってい
ないことを確認し、さらに車を進めた。
予想通りの悪路ではあったが、普通乗用車が通行できるギリギリの路面状態
で、時々大きなギャップに揺られながら高度を稼いで行く。左に大きくカー
ブする地点に古い登山口の案内板があり、草に覆われた道が山の中に消えて
いるのが見えた。どうもここではなさそうで、さらに車を進めると、やがて
道は切り通しの峠となって、右手に立派な登山口の案内板を発見した
方向転換して路肩に車を寄せ、準備を整える。3,4台の駐車スペースは確
保できそうであるが、できることならこの林道は歩いて向かうのが良い。
この先の登山道は変化に乏しく、沿道の草木や動物たちを観察するには、林
道歩きの方が収穫が大きいと思われる。
右の林道を進む
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切り通しの路肩に駐車
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奥小野青壮年団の手による案内板には、「但馬の名峰 法沢山登山口 これ
より1300m 」とあった。標高差およそ300mを一気に上り詰めるこの道は、
さっそく取り付きのロープが迎えてくれた。
こたじま/GENにとっては、ロープの急登は冒険ゴッコのような感覚。時折ズ
リ落ちながらも最初の冒険を楽しんだ。私はといえば、ロープを頼らずにゆ
っくりと体を稜線に引き上げて行った。稜線伝いの道は雑木に囲まれて視界
がきかない。両側の雑木に渡された大きな蜘蛛の巣が登山路を塞ぎ、枯れ枝
で巣を払いながらの歩行が最後まで続いた。巣の主であるコガネグモは、望
みもしないちん入者に慌てふためく様子で身を隠した。しかし、この凄まじ
い蜘蛛の巣はどうだろう。最近人が入った形跡がないことの証明であるが、
体中にまとわりつく蜘蛛の糸には閉口した。捉えたツクツクボウシを美味そ
うに食っているコガネグモには、食事の邪魔をせぬよう配慮してやったが。
法沢山登山口
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とっかかりのロープ
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ひと山越えて小さな鞍部に下ると、左に水場の案内のある四辻に出る。右か
らも道が上がってきているが、あまり使われていない不明瞭な道のようであっ
た。ここから山頂まで800mの看板がある。
この先も蜘蛛の巣とロープの応酬で、ノンビリといった山歩きの風情はない。
細長い登山道の空間を、アサギマダラがフワフワと舞うのがせめてもの慰め
であった。やがて空が近くなって来る頃、思いがけずブナが姿を現した。
600mに満たない標高地点であるが、このあたりの低山の特徴をこの山に
も見た。北の展望が開けた場所からは、丹後の海がぼんやり見えた。
鞍部の水場分岐
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ブナが現れる
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フィナーレは本コース最大斜度の直登。ロープを頼りに最後の力をふりしぼっ
て上り切る。ロープの先にポッカリ開いた空間がゴールであり、雪の季節の
幻の縦一文字の正体を初めて体で感じながら、一歩一歩体を押し上げて行っ
た。
初めての山頂は、360度の大展望台。霞んでいるものの、西に豊岡盆地、
南に但東町の山並み、東に高竜寺ヶ岳、そしてことの他開けた北の展望から
は、久美浜周辺の景色が日本海を従えて見えていた。狭い山頂からは東の尾
根に向かって別の道が下りていたが、但東町の登山口に続く道であろうと想
像した。
頂上直下のロープ
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法沢山山頂
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いつもは我が家から見上げてばかりの法沢山。今、初めてその山頂に立って
我が家を見下ろしている。双眼鏡を覗けば、三開山の南に我々の居住区が見
え、我が家の二階の窓や生活道路が、手にとるように判別できた。収穫を終
えた六方田圃は、黄色のモザイクとなって遠くまで広がっていた。
西の彼方に青く霞む山々は但馬中央山脈、東の彼方に霞むは大江山連峰。い
つかここからの大展望を楽しんでみたいと思った。山頂はチョウの通り道に
なって、次から次に色とりどりのチョウがやって来ては、少し翅を休めてか
ら風に乗って飛んで行った。コバルトブルーを鮮やかに光らせて急旋回する
アオスジアゲハが特に美しい。
山頂から我が家を望む
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東にそびえる高竜寺ヶ岳
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北の展望を楽しみながら、カップヤキソバでランチ。もう少し海が綺麗に見
えたら言うこと無しなんだけど。沸かしたお湯を注ぐとき、こたじま/GENに
そこの「かやく」も一緒に入れろと指示した。ここにはキャベツしかないと
言い張るこたじま/GENに「かやく」の意味を説明しながら、まだまだ幼い我
が子を笑った。
大きく開けた久美浜方面の展望
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涼風の山頂を存分に楽しんだ後、来た道を引き返す。ロープの急坂では膝が
笑って困った。いつも傷む右膝の筋の痛みは今日は無く、足を進めるにつれ
て左膝の筋が少し痛んできたが、なんとか最後まで持ちこたえてくれた。
上りで払ったはずの蜘蛛の巣に、迂闊にも何度も絡まれながら下る。こたじ
ま/GENは何度も尻餅をつきながらも、ペースを乱すことなく歩き通した。
帰りは水場に寄ってみた。分岐からすぐの植林の谷に、小さな沢が冷たい水
を落としていた。顔を洗い、喉をしめらせてから最後のワンピッチ。
水場にて
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最後のロープを伝って無事下山。車のハッチに腰掛けて、持ってきた梨を半
分ずつほお張る。シャリっと言う梨を噛む音の他は、風が梢を揺らす音と、
時折囀る鳥の声。茂みの中からザワザワと、動物の動く音が聞こえたようで、
こたじま/GENを急かしながら山を後にした。
【 登山日 】98年9月13日(日)
【 目的地 】法沢山(643.5m)
【 山 域 】但丹国境
【 コース 】出石町奥小野よりピストン
【 天 候 】晴れ
【メンバー】たじまもり,こたじま/GEN
【 マップ 】5万図「城崎」
【 タイム 】自宅11:45 → 登山口12:02-07 → 水場分岐12:28 →
法沢山13:05-13:55 → 水場分岐14:23 → 登山口 14:40
○▲▲たじまもり▲▲☆
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