天国の光と地獄の轟き 但馬・鉢伏山「ああっ、天国の光だ!」 頂上を雲に隠した氷ノ山の大きな山容が目の前にある。紅葉には少し早いが、所 々に鮮やかな赤や黄色が目立ち始めている。低い雲を割って幾筋かの光が、氷ノ 山の谷間に落ちている。 「この光をね、死んだ人の良い魂が天国に昇って行くんだよ」 「霧の時はね、悪い魂が地獄に落ちるんだよ」 KAORINは言葉を続けた。 『天国の光か』 『小学校3年生にもなると、ませたことを言うようになるものだ』 娘の話に相づちを打ちながら、氷ノ山の稜線を目で追う。 足元には今しがた登って来たばかりの細い道が、高原に向かって落ちている。駐 車場から高原を突っ切り、踏跡を頼りに尾根に向かって直登してきたのだ。スス キの揺れる秋の鉢伏高原には、たくさんの秋の花が目を楽しませてくれる。ヨメ ナ、ツリガネニンジン、フデリンドウ、センブリ、ゲンノショウコ・・・ 同行の二人の子供は、花を見つけては尋ねに来る。そのたびに図鑑を開いては花 を探す。足は一向に進まない。そんなノンビリペースで、40分かけてようやく 尾根に着いたのだった。 右手に緩やかに下る尾根は2つのリフト小屋を通って、高丸山へとなだらかに続 く。ススキ野原の尾根道が長く延びて、急峻な角度で森の中へ消えている。6月 に開催した関但すずのこオフ隊の面々が、あの道を登って行ったのを懐かしく思 い出していた。 さあ、ここから鉢伏山までの道は快適だ。風が心地よい。時折、パラグライダー のカラフルな色が目に入る。広い尾根道は火山性の黒い土と、大きな石が所々に 目立つ。冬季、スキーヤーが尾根道を外さないよう、両側には鉄製のポールが等 間隔に並んでいる。登山者には役に立ちそうも無く目障りである。やがて道は鉢 を伏せた形の頂上直下に到る。雲は晴れて山頂のリフト小屋がホウキ雲を背景に 見えている。整備したつもりの階段道は、その下をえぐり取られて用を成してい ない。2年前、ここにいるGEN を背負子におぶってこの道を登った。今はしっか りと自分の足取りでステップを踏む我が子の成長ぶりを感じるのであった。 先程から重機の音が重なりあって聞こえている。頂上には工事用の鉄塔が何本も のワイヤで支えられている。鉢を登り切り山頂に立つ。鉢伏高原スキー場と鉢北 高原スキー場からの登行リフトがこの山頂で出会っている。1221mの山頂は 登山者達を寄せつけぬといった風であり、そこはスキーヤーの匂いだけが漂って いる。大きなユンボがショベルを振り回している。鉢北方面の斜面を覗いてみる と今までの斜面の西側にたくさんの重機が張りついて、斜面を削っている最中で あった。赤土の斜面はすでに小代渓谷側のスキー場である、奥ハチスキー場の最 終リフトの降り場に続いているようだ。どうやら鉢、鉢北に続き、奥ハチを山頂 で結ぼうという計画のようだ。山頂の鉄塔は、ゴンドラかリフトの支柱なのであ ろう。うごめく重機の音は地獄の轟きのように聞こえていた。 氷ノ山を真っ正面に見渡せる場所でお昼にする。途中で買い求めた弁当を広げ、 カップみそ汁の湯を沸かす。アルコールコンロの火を時折風がさらって行く。 薄曇りのぼんやりした空気の向こうに氷ノ山が有る。どっかり座った姿はやっぱ り県最高峰の貫祿である。東に延びる大段ケ平のなだらかな尾根が印象的だ。 食後のインスタントコーヒーを飲みながら、双眼鏡で稜線を追う。山頂小屋から 時計回りにコシキ岩、氷ノ山越避難小屋、大平頭避難小屋と、思い出といっしょ にブン回し尾根を巡る。大平頭避難小屋の下から東に分かれたさな尾根には、も うすぐ色付こうとしているブナの森や、さらにその下にはホードー杉の頭が見え ている。 何組かの家族連れが山を下りていった。我々が最後に山頂を後にする。下山は尾 根を東に下がって広域林道に出るコースを取る。山頂のすぐ東隣に小鉢と呼ばれ る小ピークがある。他の山からや下から眺めると、こちらの方がピークらしく見 える。小鉢の周囲は脆い岩で囲まれており、団体登山者用のための物か、立入禁 止の立て看板が有る。結構きつい道を30分下ると林道に躍り出る。 ここには林道開通を記念した石碑が有り、書かれていた記録に目を通す。 |この広域基幹林道は、林業の近代化並びに過疎地域の活性化を図るため、 |村岡町の国道9号線より波賀町の国道29号線に到る、延長45.4Km |の林道である。 | |工期 昭和42年〜昭和63年 | |事業費 2,410,000千円 アスファルトで舗装された林道を下り、鉢伏高原に突き当たってヘアピンカーブ する所で林道から離れて高原への道に入る。今朝ほど登ってきた道と合流し、駐 車地点に戻る。 スキーヤーと野外授業の団体登山者のための山になってしまった鉢伏山。でも、 高原を見下ろす尾根歩きはここならではのもの。氷ノ山を展望する最高の場所を も提してくれるこの山は、手軽なハイキングコースとして楽しめる。人の行なっ た破壊の跡には目をつむればの話ではあるが。 【目的地】 鉢伏山(1221m) 【山 域】 兵庫県但馬山岳 【登山日】 94年10月8日(土) 【天 気】 晴れたり曇ったり 【マップ】 エアリアマップ59 氷ノ山 【同行者】 KAORIN(小3),GEN(4歳) 【タイム】 鉢伏高原駐車場10:30〜尾根11:10-11:20〜鉢伏山11:45-13:00〜 林道出合13:30〜駐車場14:10 ↑ページトップへ