コウノトリが見た風景 但馬・愛宕山さきほど、ポツっと空から落ちてきた。家を出てから、まだ10分もペダルを踏ん でいない。「帰ろうか」、黄色い子供自転車の二人に声をかける。意気揚々とサイ クリングに出発した彼らが、そうやすやすとあきらめるはずもない。どうやら本降 りとはならない様子だ。レンゲ畑を通り抜け、マーケットで食料の調達。 堤防の上を走る頃には、薄日も差してきた。無舗装の広い道は、歩行者と自転車の ためのもの。子供達も安心してペダルを漕いでいる。連休初日の今日、この堤防道 を玄武洞までサイクリングしようと、突然決めて出てきたのだ。小学校4年生の娘 と、2年生の息子にとって初めての長いサイクリングである。 お昼のサイレンはとっくに鳴り終わっていて、子供達がしきりにお昼をせがむ。私 自身は遅い朝食をとって出かけたので、さほどの空腹感は無いのだが、そろそろ昼 飯にしてやらないと。立野大橋を過ぎ、堀川橋を横切ると右側から六方川が円山川 にそそぎ込む大きな水門がある。台風で大水が出るとこの水門は閉じられて、行き 場を失った六方川の濁流は小さな堤を容易に越えて、大きな水害を流域にもたらす。 いつもはこんなに穏やかな川である。2羽のカイツブリが、仲良く潜ったりしてい る。 昼食はすぐ目の前の、愛宕山のてっぺんにしようと提案。道路脇のお地蔵様が登山 口。愛宕山まで15分の案内標がある。自転車を止め、古いシイの木が支配的な山 裾を登り始める。赤土質のこの山に、子供の頃は水晶を採りに来たことなどを、当 時の自分と同じ年頃に成長した我が子に話して聞かせてやる。照葉樹の一帯を登り 切ると、緩やかな尾根となって山頂に続く。玄武岩の石垣が積まれた最後の石段を 登ると、真正面に古い愛宕神社がある。隣にも小さな祠があって、古い木工やキツ ネの白磁が置いてある。 西から南東方向にかけて、見事な展望が開けている。豊岡の市街のすべてが見渡せ る展望台として、申し分の無い場所だ。「あそこは君たちが生まれた豊岡病院、そ のむこうに総合体育館が見えるだろう。南中学校、右に見えるのが豊岡小学校…」 ベンチでお昼のおにぎりを食べながら、即席の社会科学習の先生となる。 ここから見おろす我が町は、本当に素晴らしい風景の中にあった。視界の中央を大 きく右にカーブを描いて南へ続く円山川。そのたおやかな流れは、この町の永遠の シンボルであって欲しい。河川敷の浚渫(しゅんせつ)工事の重機が見えていても。 川を隔てて右に市街地、左に豊かな田園地帯。水張りの始まった水田から、ポンプ やトラクターの音が聞こえてくる。目を上げると周りはすべて山だ。この土地が、 盆地であることが良く理解できる。南西方向に遥かにかすんで見える連山が、但馬 中央山脈と呼ばれる峰々である。その中央に位置する蘇武岳を、昨年の11月あき ゆきさんと歩いた。今日は同じ道を、登山大会の団体が歩いているはずである。 愛宕山は、戦国時代に山城が築かれた場所である。城の名前は「鶴城」という。鶴 は言うまでもなく、コウノトリである。ここからもう少し北に向かったところに、 田鶴野という地名も残っている。このあたりが、かつてコウノトリの営巣地であっ たことが容易に想像できる。町並みは大きく変わったが、愛宕山の山頂から見るこ の風景を、野生のコウノトリも見ていたのだ。そんなことを思ってもみた。 お昼を済ませ、あたりを散策する。裏手に回ると、案内板にあった堀切がよく分か る。北側のスギの下にはチゴユリの群落があり、小さな白い花を揺らしていた。我 々の足下は北近畿タンゴ鉄道のトンネルになっていて、チゴユリを観察している最 中にも下り列車が山裾から突然現れて、子供達を喜ばせた。円山川にかかる赤銅色 の鉄橋を、二両連結の空色のヂーゼルカーがゴーゴーと渡って行く。やがて、ゆっ くりとカーブしながら町中に消えてゆくのを、箱庭でも見るような気分で見送った。 下山途中、馬酔木の下にギンリョウソウを見つけた。たかだか百数十メートルの山 中に珍しい。葉緑素を持たない全身蝋(ロウ)のような姿は、新緑の季節の中で一 際不思議な世界を放っている。腐生植物という呼ばれ方は、ギンリョウソウに限っ ては少しかわいそうに思う。 再び堤防沿いに漕ぎ出した頃は、汗ばむような陽気になっていた。河川敷の葦原で は、オオヨシキリやセッカが賑やかに鳴いており、我々の目の前をツバメが何度も スクランブル飛行していった。 さあ、玄武洞はすぐそこだ。みんな、がんばれ〜 川風に吹かれて、3台の自転車が堤防を駆けていった。菜の花が揺れていた。 【登山日】95年 5月 3日(水) 【目的地】愛宕山(あたごさん) 【山 域】兵庫県北部・豊岡市近郊 【コース】豊岡市船町の登山口より(ピストン) 【天 候】曇り 【メンバー 】たじまもり、こたじま/KAO(小4)、こたじま/YOU(小2) 【マップ】なし 【タイム】登り15分、下り10分 (^^; 今年初めての、山というにはおこがましい山行報告 ○▲▲たじまもり▲▲☆ ↑ページトップへ