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夏の匂いと川ガキの大屋川

 円山川に合流する少し手前の大屋川の堤防道を上流に向かう。右に見下ろす
 大屋川は砂利を山盛りに積み上げて、もはや川では無かった。ああ、ここも
 水路になるんだな。また一つ暗くなりながら上流へ移動した。9号線の橋の
 向こうに桃色のドライブインを望む大きな堰堤をその日の終点に決め、すの
 ーべるさんを助手席に乗せて大屋の谷を遡った。

 伊豆地区の川はゴロ石で川が埋め尽くされていて、長いライニングダウンが
 予想された。左近山の仰ぎ見る急傾斜地に、折り重なる棚田と土壁の民家が
 見えた。すのーべるさんが、今日の目的の一つがこの景色を川から眺めるこ
 とだと言った。そうだね、きっと素晴らしい日本の風景だ。この瀞場はいい
 ね。お、この瀬も最高だね。出艇地はどんどん奧に向かった。気が付けばあ
 ゆ公園まで来ており、公園下の堰堤上流の川原に車を入れ準備に掛かった。

 目の前の瀞に、藤の紫が映えていた。11時半ちょうど、遥か下流を目指し
 て2艇が漕ぎ出した。私はいつもの赤いキィウィ2、すのーべるさんは出掛
 けに少し迷ってから黄色のTスラロームを積んだ。鮎の里に原色は似つかわ
 しくないが、乗っている本人は気にならないから良しとしよう。すぐに最初
 の堰堤。右端の魚道には近所の小学生たちが釣りの支度をしていた。一人可
 愛い子がいて、『この子は美人になるなあ』など、オッサン趣味丸だしのこ
 とを考えるのであった。しばらく漕ぐと、左岸の高い位置に付けられた道路
 に車が止まるのが見えた。我々を観察しているようで、艇の進む方向にバッ
 クして追いかけてきた。『オイオイ、鮎の解禁はまだだよなあ。大屋川はカ
 ヌー禁止か?』といぶかっていると、車を降り立った礼服の男が話しかけて
 きた。すのーべるさんの知り合いと分かり、二人で大声で声を掛け合ってか
 ら男は葬儀に向かうと言って上流に去った。

 水量は十分では無いが、次々に現れる瀬に興奮する。『あの岩の間を抜けて
 …』。瀬に入る前に瞬間的にコースを決定する。予想した通りに瀬を抜けた
 時は嬉しい。『OK! やった!』 岩に捕まって、艇が横になりかかると
 必死で体勢を立て直す。そのまま張り付いて水船になるのだけはゴメンだ。
 ちょっとした落ち込みは最も興奮する場所であった。白い波に向かって突っ
 込んで行く。『ヒャッホー!』 思わず黄色い声が出る。ガリガリ。パドル
 のブレードはかなり痛めつけられた。構わず、ガンガン突っ込む。一人乗り
 でのキィウィ2は予想外に狭い流れの中でも制御可能だった。大きな船体を
 クイックターンさせるために体を出来るだけ傾け、パドルをうまく使えるよ
 うに体が自然に覚えていった。ああ、面白い!

 岸辺は亀が甲良干し。カジカが『ヒョロロロ…』と鳴いた。川底の石まで透
 けて見え、驚いた小魚が逃げまどう様子が見えた。一際大きな、形の良い鮎
 が、一週間後の運命を知らずに船を横切った。空は晴れ、谷を埋め尽くす新
 緑はいっそう輝いていた。おっ、また瀬が来たぞ。これは、右から入って、
 そう、すぐに左、そのまま突っ込んでは駄目、よし、あのエディまでだ。
 GO!

 大きな堰堤が目の前に広がり、4人の少女が短パンとTシャツで川に入って
 きた。リーダー格らしき5年生だという女の子は髪にゴーグルをかけていた。
 キャッキャいいながら、水と遊んでいる。いいなあ、少女たち。おっちゃん
 達の子供の頃は、みんなそうして川で遊んださ。おやつはな、そう、畑のキ
 ュウリかトマト。川の水で洗ってね、そのままガブリだ。キュウリは塩があ
 ったら最高だけど、そのままでも濃い味がしたもんだ。

 川ガキ少女隊を後に、どんどん下った。瀬が来るたびに興奮し、声を上げて
 喜んだ。樽見橋の下で昼食。橋のたもとの宮元酒店でビールの調達。おばち
 ゃんが一番冷えたスーパードライを選ってくれた。ソーセージをツマミに付
 けた。出掛けにすのーべる邸の食料備蓄から失敬した2種類のラーメンを、
 沸いたお湯の中にいっしょにブチ込んだ。すのーべるさんがソーセージを切
 って入れた。熱いラーメン、冷えたビール、うまいよね。上の道を霊柩車が
 行った。こんな楽しいこと、知らずに死ぬのはもったいないよね。ふとそう
 思った。

 石積みで草を引いていた爺さんに「こんにちは」と声をかけた。気分が良い
 から、ついつい饒舌になってしまう。爺さんも「こんにちは」だけ言って、
 我々を目で追いながら作業を続けた。高校時代に憧れた女生徒の名前の集落
 を通過。今どうしているんだろう。と、思う間もなく、次の瀬だ。GO!

 左にゆっくり瀞場を回ると、目の前に日本の風景があった。山の斜面の下3
 分の1を棚田の幾何学模様が走り、田の右端に並んで立つ農家の集まり。土
 壁の柔らかな色が萌葱の緑に溶け込むように美しい。控えめな戸や窓は、雪
 深い山里の日本の農村の家屋そのままであった。長い年月の間、人々が守っ
 てきた山里の風景が、川に浮かんで見えていた。二人に言葉は無かった。そ
 れぞれに、胸に去来する静かな感動を味わっていた。

 ゴロ石が川を埋め尽くす、このコース最大の難所と思われた場所。右岸の護
 岸下が一艇分ほどの深みになっていて、かなりの距離をライニングダウン無
 しで下った。釣り遊びの2人の少年が我々を見つけた。伊豆橋に先回りして
 我々を迎えてくれる。どうやら、フネに乗りたいらしい。2人の少年はすぐ
 に5人になり、右岸の行き止まりまで追いかけてきた。新しい瀬が近づき、
 少年にさよならを言って突っ込んだ。その先に待っていた瀞場。どこからか
 逃亡して育ったらしい錦鯉が、何匹か水面近くを泳いでいた。深く蒼い淀み
 と、淀みに落ちるまばゆいばかりの新緑。右岸の張り出した岩に上陸してコ
 ーヒータイム。いつもながらの、すのーべるマスターによるドリップは旨い。

 買ったばかりのチタン製のシェラカップを自慢しながらコーヒーを啜ってい
 ると、川向こうから先ほどの川ガキどもだ。「おーい、おっちゃーん」、さ
 すがに「おニイちゃんと言いなさい、おニイちゃんと!」と言葉を返す年で
 もなく、「なんだぁ」と返す。フネに乗せろだの、我が儘ばかりを続けるの
 で、「宿題したのかぁ」とやる。「もう、すんだわー」と来る。『チェッ』
 「フロ入ったかぁ」と言おうとして、まだ日の高いことを知って止めた。
 「伊豆小学校かぁ?」「そんなん、あれへんわぁ。アザノ小学校!」
 少年達の向こうに小学校のコンクリートの建物と桜並木が見えた。

 ふとフネを置いた砂地をみれば、鹿のものと思われる足跡が点々と残ってい
 た。『水、飲みに来たのか』 再び瀞場を漕ぎ出す。左岸の少年達が追いか
 けてくる。「おーい、おっちゃーん」 しかた無いのでパドルを上げて答え
 てやる。すぐに堰堤となり、ポーテージ。その様子を農作業の老人がタバコ
 をふかして見ていた。小学校まで来て、その先、少年達の行き場がなくなっ
 た。「バイバーイ」 なんとなくセンチになって彼らを後にした。

 浅野(あざの)の集落を過ぎるころ、今回のツーリングがちょっと長すぎた
 ことを二人で後悔した。次はここを終点にしようか。残された距離を少し疲
 れながら思い浮かべた。右から建屋川(たきのやがわ)が流入するポイント
 では本コース最大級の落ち込みが待っていた。『ヒャッホー!』、先程の言
 葉をまずすのーべるさんが撤回。「やっぱりこの下も捨てがたいなあ」

 川幅は次第に広がり、いつもは苦にならない瀞場が妙に味気なく感じた。そ
 うか、カヌーの楽しみって、やっぱり瀬だよなあ。私の気持ちの中でホワイ
 トウォータが渦巻いた。いやあ、大屋川は良いね。こんなにワクワクする川
 下りは初めてだった。

 向かい風が強まった。大きな堰堤で、高校生だろうか、何人かの若者が裸で
 遊んでいた。茶髪男が一名いたが、川で嬉しそうに遊ぶ君はきっといい奴に
 違いない。最後の大きな堰堤を越えると養父町役場裏。ゴールは目の前だっ
 た。広谷の橋をくぐり、バイパスのために新しく付けられようとしている橋
 桁の工事現場を過ぎた。高く積み上げられた砂利の横を黙って漕いだ。国道
 9号線をくぐり、美しく護岸されたコンクリートの川原に艇を付け、楽しか
 ったツーリングのことだけを思い出に刻み込んだ。

 【 行動日 】96年 5月19日(日)
 【 河 川 】大屋川
 【 流 域 】兵庫県北部円山川支流
 【 コース 】大屋町あゆ公園下〜養父町国道9号線下
 【漕行距離】約16Km
 【 天 候 】晴れ
 【メンバー】すのーべるさん on T-Slalom、たじまもり on Keowee2
 【参考地図】5万図/出石、村岡
 【 タイム 】鮎公園下 11:30 → 口大屋小学校前堰堤 12:30 → 樽見橋 12:50
              -13:35 → 宮垣地区 13:55 → 日本の風景が見えた 14:45 → 
              伊豆橋 15:00 → 浅野小学校手前の瀞 15:10-40 → 浅野橋 15:50 →
              建屋川合流 16:00 → 養父町役場裏 16:40 → 国道9号線下 16:55
 【 川情報 】・5/26より一部流域で鮎釣り先行解禁
       ・5/19当日は水量少。ザラ瀬、ゴロ岩のライニングダウン数カ所
       ・狭い瀬が多く、ファルトでのダウンリバーは要注意
       ・増水時のダウンリバーは初級者には難しそう
       ・堰堤ポーテージ11箇所
       ・出艇地近く、トヨダマーケット有り
       ・樽見橋たもとの宮元酒店は買い出し便利

 あとがき

 フネを漕ぎながら、大屋川のレポートをどうしようかと、すのーべるさんと
 話しました。こんないい川、他の誰にも教えたくないね。そうだよね。黙っ
 ておこうか。そのつもりでした。でも、どうしても伝えたかったことが一つ
 ありました。いつも漕いでいる円山川では絶えて久しい貴重な生き物が、大
 屋川にはまだ居たことです。川ガキという元気のいい動物です。大屋川は、
 私とすのーべるさんの秘密の川ということで、皆さんにはそっと見過ごして
 もらうようお願い致します。(^_-) 大切にしたい川がまた一つ増えました。