2016台湾旅行記(その3)


台北3日目の朝は、ホテルの朝食をYさんと一緒にとった。Nさんが回復するまでY さんは残ることになり、今後の段取りなどを吹っ切れた様子で説明してくれた。北にある病院まではMRT(地下鉄)を使って通うため、朝のうちに一緒に乗り降りの練習をしておこうと提案があった。せっかくの旅行最終日、MRTで移動して市内の有名なお寺を一ヶ所、Yさんと一緒に観光しようということになった。

台湾MRTの駅務システムの一部は、私が前職の頃に開発製造に関わったユニットが使われている。随分年月が経って、そのシステムを実体験することになった。ここでは磁気券の代わりにトークンと呼ばれるコイン型のICチップを使う。販売機で運賃がチャージされたトークンを買い、それを改札機にかざしてゲートを通過してホームへ。降車時には改札機でトークンが回収され、リユース利用されるのである。清潔好きの日本では、使い捨ての切符でないと受け入れられないのだろう。もっとも、今ではスイカやイコカのようなICカードが主流だから、切符そのもが不要な時代である。


向かった先は台北観光の定番中の定番、龍山寺である。MRT龍山寺駅から歩いてすぐの場所にある。さすがに観光客が多い。日本人のグループもたくさん見かけた。ちょうど朝の読経のタイミングに入ったようで、回廊には信者が列をなして並び、本堂に向かって経を唱和していた。声と声が低く重なりあい、重厚なコーラスのように地に響いた。読経の波に包まれながら、買い求めた花を供え、本堂に手を合わせた。友人の傷が早く癒えるようにと祈る。




ホテルに戻りチェックアウト。Yさんに別れを告げ、我が夫婦だけで空港へ向かう。ホテル前のバス停で乗るようフロントで説明された。バスを待つ間、タクシーの呼び込みが寄ってきて誘った。タクシーでもよかったが、時間が十分あったのと、ちょっとした冒険心を試してみたかった。

空港方面行のバスが来た。空港直行のリムジンかと思っていたら、普通のワンマン路線バスだった。前から乗り込んで、上段の座席に荷物を持って上がる。バスが動き出しても妻がなかなか上がってこない。いくつかのバス停で乗客が乗り、ようやく妻が隣りに座った。前払い運賃の支払いで、小銭がなくて困っていたらしい。運転手に英語も通じず別の乗客を介して交渉が終わったとのこと。

バスは空港近くの街を経由し、1時間ちょっとで空港に着いた。行きはNさんがすべてリードしてくれたので何の不安も無かったが、帰りは我々が単独で手続きをしなければならなかった。チャイナエアーのカウンターでチェックインを申し出ると、あっちのセルフマシンを使えと言われる。戸惑いながら機械の操作を始めると、隣りで団体のチェックイン処理をしていた旅行会社の男性が手伝ってくれた。

チェックインを終え、ほっとしたところで遅いランチにする。フードコートで、今回の台湾旅行で食べそびれていた小籠包をオーダーした。ファーストフードの小籠包にしては、しっかり美味しかった。家族や友人への土産を買い、免税店街の書店で自分のために台湾の野鳥写真集を買った。次回はきっと、この山娘を撮影しようと思う。


到着便が大きく遅れ、折り返しの出発便も遅れた。ドリンクやお菓子のサービスで時間をつぶし、ようやく離陸。行きと同じB747は、日本へ週末旅行する台湾の人たちで満席であった。離陸時も着陸時と同じ雨の風景で、僅かの時間で視界は雨雲に遮られてしまった。


偏西風に押され、行きより短い時間で日本に入る。夕陽が落ちるのを空の上から眺め、眼下には錦江湾と桜島が見えた。瀬戸内海上空を飛び、すっかり暮れた関空に着陸した。結局Nさんは11日遅れの3月23日に帰国し、こちらの病院で長く治療を続けることになった。

今回の旅は、私たちに残りの人生についてしっかり向き合うきっかけを与えてくれた旅であったようにも思う。1年が経過し、当時の日付にシンクロさせて旅行記を書いてきた。掲載した写真の殆どは早い段階で準備してあったが、文章を書くタイミングが見つからずにいた。今日、台湾旅行の最後の記録を書き終えることで、私たち4人の台湾旅行をようやく締めくくれるような気がする。

台湾でお世話になったすべての人たちに、私たちは心より感謝する。我が夫婦の初めての台湾は、Nさんがいつも話してくれていたとおり、本当にフレンドリーな人たちの暮らす国だと感じた。やさしい人たちと美味しい料理と、美味しいお茶と美しい自然環境。この先、機会があれば何度でも訪ねてみたい、台湾はそんな素敵な場所になった。

私たちに残された時間は多くない。また夫婦4人で旅に出よう。たくさんのものを見、たくさん学び、美味しいものを食べよう。いつまでも、そんな旅を続けられる仲良し夫婦でいよう。
(完)

2016.3.12 P340

| comments (0) | trackback (x) | | 
2016台湾旅行記(その2)


3.11は、わが国にとっての歴史的記憶として、永遠に語り継がれてゆく大災害であった。その3.11の朝に、Nさんは台湾で交通事故に遭ってしまった。一生忘れることのない記号として、3.11はより深く私たちの中に刻み込まれた。事故が起こってからの妻であるYさんの、取り乱すこと無く気丈な姿に、彼女の強さを改めて感じた。

せっかく準備してきた旅をこのまま終わらせないでほしいと、私たち夫婦には予定通りのツアーを勧めてくれたYさんの言葉に甘えることにした。この日のためにガイドを引き受けてくれたKさんやS君、そしてランチタイムに会う約束をしていたCさんたちに、緊急事態を知らせるのに少し手間取った。救急病院からホテルに戻り、夫婦で遅い朝食をとった後、KさんとS君の到着を待った。




KさんとS君とは、それぞれが豊岡市へ訪問した際に私は顔を合わせていたかも知れないが、今回の旅で初めてお互いに交流を持つこととなった。Kさんは台湾大学の学生で、S君はその先輩だと自己紹介があった。どちらも、有機農業や自然環境に深く関わっている若者で、初対面の私たち夫婦にとても友好的に接してくれた。

目的地は台北の南東にある山岳地帯・坪林(ピンリン)。台湾有数のお茶の産地で、Nさん夫妻がとりわけ楽しみにしていた場所である。私たちは、病院にいるNさん夫妻の分もこのツアーを楽しみ、学ぼうと思っていた。1時間ほどのドライブで山麓にある坪林の小さな町に着いた。小雨が降り続いており、古い街道沿いの町はいっそう静かに佇んでいた。

Kさんが最初に案内してくれたのは、オーガニックな石鹸を製造販売するお店。店主の女性に導かれて、その場で石鹸作りを体験した。S君が美味しいウーロン茶を淹れてくれた。




ランチは狭い谷を少し上がった山水龍吟というレストランがリザーブしてあった。ここで生態工法発展基金会のCさんとボスのRさんと合流。Cさんとの縁は2014年10月に豊岡に飛来し、六方田んぼで越冬したソデグロヅルがもたらしてくれた。豊岡への飛来から少し遅れて、Cさんたちがサポートしている金山地区の里山水田にもソデグロヅルの幼鳥が飛来し、そのつながりで豊岡を視察訪問された時の出会いだった。台湾のソデグロヅル飛来は、環境保全のシンボリックな存在として、飛来地で大歓迎されたのだった。

テーブルを囲み、オーナーこだわりのオーガニックな食事を頂きながら、台湾のことや日本のことで会話が進んだ。そして、これが今回の台湾旅行のNさんの目的のひとつだったのだが、3.11東日本大震災の台湾の方々への感謝の気持を小さなプレゼントに込めて、Nさんに代わって、私から皆さんへ手渡した。震災直後の支援活動にあたっては、いちはやく台湾の人々から暖かい志が届けられた。たまたま、その3.11の日に台湾を訪問することになった私たち日本人からの、ささやかな感謝の気持を伝えようと、Nさんと相談し準備をしたものだった。その3.11に、Nさん自身がアクシデントに遭遇するという、なんという運命のいたずらなのだろう。

台北でミーティングがあるというCさんとRさんとは、再会を約束してここで別れた。豊岡でCさんと出会い、きっと台湾に来て下さいとお誘いを受けた。それが、思いがけない形で今回実現できて嬉しかった。




食事の後は坪林茶業博物館に案内される。この博物館訪問も、茶事に熱心なNさんが楽しみにしていた場所だ。我が夫婦は茶事を嗜むことはないが、お茶の製造過程や道具などを興味深く見学することができた。同じ茶葉であっても、煎り方で呼称が変化することを知った。紅茶も烏龍茶も同じ茶葉から出来ていると教えられ、ちょっとだけ茶の世界に近付いた気がした。

坪林のお茶に詳しいKさんが、丁寧に館内展示の一つ一つを説明してくれた。改装直後のきれいな博物館見学は、とても有意義なものだった。




博物館から林道を辿って山深く入り込んで行く。開けた斜面には茶畑が広がり、茶の産地であることを実感する。展望が開けた場所に南山寺があった。足元から茶畑が斜面を下り、その底には曲がりくねった川の流れが見えた。ここは坪林のビューポイントとして知られているようだが、ツアーの日本人観光客が訪れることは少ない。境内でお参りし賽銭を入れる。お礼にと乾素麺を頂いた。


ここでUターンし、先程見下ろしていた谷の底に降り立つ。大舌湖という案内板があった。この川に沿って遊歩道が整備されているらしく、H君はGoogleストリートビューのカメラを背負って、このあたりの風景を自分が撮影したと説明してくれた。こちらがそのストリートビュー

引き返して細い山道を辿り、坪林の町に下りてゆく。妻が車酔いをおこし、山中で一度車を止めて外に出たところで、私の念願であった山娘に遭遇した。道路の左側から飛んで、右側の林の中に逃げ込むまで、わずかな観察時間ではあったが、紛れもない台湾の国鳥Taiwan Blue Magpieであった。鮮やなブルーと、長い尾羽が印象的だった。今回の旅はコンパクトデジカメしか持ってこなかったから、その美しい姿を写真に残すことは叶わなかったのが残念だった。

台北のホテルまで送り届けてくれたCさんとH君は、丸一日、私たち二人のために自分たちの時間を割いてくれた。二人とも日本語が得意で会話に困ることもなかった。親切なガイドで私たちの旅の思い出をサポートしてくれた二人に、1年経った今でも心から感謝している。私たちが先に帰国した後で、入院中のNさんを気遣い見舞ってくれたやさしさも忘れない。本当にありがとう。


宿泊したホテルの前に広場があり、そこには山娘のモニュメントがあった。

Yさんと合流し、Wさんと一緒に台北から車で1時間ほど北の専門病院に移されたNさんを見舞う。集中治療室の面会時間が厳しく決められており、その時間に合わせて駆けつけたのだった。ベッドの上で顔を腫らしたNさんの姿は痛々しかったが、しっかり会話もできていて少し安心した。早い回復を祈りつつ、あとは適切な医療を信じて台北に戻った。

4人で作るはずだった3.11の坪林での思い出は、我が夫婦だけの思い出になってしまったが、1年が経ち、こうして報告することで、Nさん夫妻にも少しだけシェアできたのではないか。そして必ずもう一度、この旅をいつか4人でやり直したいと思う。




Yさんと3人、夕食を求めてホテル近くを散策する。雨上がりの夜の街は、たくさんの人で賑わっている。何軒か外から物色し、いい加減疲れてきたところで小さな大衆食堂に入る。3人で牛肉のラーメンを注文する。八角の匂いがきつくて濃厚な味付けであるが、台湾ソウルフードを食した気がした。

日本でおなじみのコンビニチェーンで少し買い物をしてから部屋に戻った。台湾の3.11は、長い一日となった。

2016.3.11 P340

| comments (0) | trackback (x) | | 
2016台湾旅行記(その1)


ちょうど一年前の今日、Nさん夫妻と我が夫婦の4人は、おなじメンバーでの夫婦旅行としては初めての海外へと旅立った。Nさんの経営する会社の協力会社があって、古くから親交のある台湾を訪ねようと、かねてから相談していた旅である。二泊三日という短い旅ではあるが、現地の友人や知人を頼りに、濃い内容を盛り込んだプランはNさんが中心になって立てられた。特に我が夫婦は、まったくの予備知識もないまま、Nさんにすべてを任せ、ただ付いてゆくだけというものだった。

初日は移動と夜の食事会。二日目の丸一日をメインターゲットに置いての旅は、その二日目の早朝に、予期せぬアクシデント発生で思いがけないことになってしまった。Nさんがホテルの周辺を散歩中、青信号の横断歩道を渡っているとき、歩行者に気づかず突っ込んできた車に運悪く跳ね飛ばされたのだ。頭部を強打し、現地で救急入院治療を経て帰国したが、その後も長い間、Nさんは事故の後遺症と戦ってきた。1年が経ち、ようやくNさんも健康を取り戻し生活も安定してきたことで、私もこの旅の記録を残そうと、ようやく思い至ったのである。

それは、私たちのこの旅の思い出を固定する作業であると同時に、滞在中お世話になった台湾の友人や知人を始めとする多くの方々へ、私たちから感謝の気持のお伝えしなければならないと思うからである。


関空からのチャイナ・エアーラインはB747のジャンボジェットだった。JALやANAではすでに使われなくなった機体を懐かしく感じ、安定した乗り心地のよい空の旅は、あっという間に私たち4人を雨の台湾に運んでくれた。着陸態勢に入った窓からは、日本と似た田園風景が広がっていた。台湾ではこの時期は雨季であり、一面が水っぽい風景であった。


空港にはNさんのパートナーのWさん家族が迎えに来てくれており、ベンツのワンボックスに乗って夕刻の台北へと向かった。初めて感じる台湾の街、台湾の匂い、台湾の人柄。




台北でも有名な台湾料理店「欣葉」に招待された。どの料理も素晴らしく美味しかった。香辛料が強すぎるということもなく、味付けは日本人の好みにとても合っていた。肉も魚介も、本当に美味しかった。1年経って、その時のメニューの数々が鼻腔の奥で蘇ってくるようだ。


紹興酒も美味しかった。美味しい料理と共についつい盃が重なり、私たちは心ゆくまで晩餐を楽しんだ。


食事を終え、外に出て店のエントランスを写真に残す。


余韻に浸りながら、4人でホテルのラウンジでカクテルを傾ける。女性ボーカリストが、エモーショナルに歌い上げるステージの周りでは、この夜のひとときを過ごす人々のざわめき。グラスの音。


夜が更け、部屋の窓越しに雨の台北の街明かりがぼんやり瞬いていた。

2016.3.10 P340

| comments (0) | trackback (x) | | 
淡路3年とらふぐサプライズ旅行


17年ぶりの淡路旅行である。幼い子供たちと、瀬戸大橋から四国に渡った正月旅行の戻り道、淡路の水仙郷を訪ねた。今では、娘と長男はそれぞれよき伴侶を得た。今回の旅は、区切りの年を迎えた妻への子供たちからのプレゼント。私から娘に話を持ち掛けて企画がスタートした。妻には、夫婦旅行ということで話を進める。娘が作ったフェイクのペア宿泊券が届いたが、どんな宿か調べることもなく、実は宿の名前すら淡路に着くまでよく把握していなかった。すべては、子供たちのプロデュースにお任せである。私の役目は、妻にバレないように、機嫌よく宿までエスコートすること。

お昼を山陽道のSAで軽く済ませ、久しぶりの淡路海峡大橋を越えて淡路夢舞台に到着。淡路花博の会場となった広大な施設は、今回の初訪問で安藤忠雄氏の作品と知った。地下駐車場から「奇跡の星の植物館」へ向かう長いコンクリート打ちっぱなしのアプローチは、まさに「An Tada」である。


エスカレーターで植物園の上階まであがり、空中回廊を歩く。眼下のセンターガーデンでは、ちょうど結婚式を終えた新郎新婦が退場するところだった。


最初の展示室はサボテン。土壁アートは地元淡路出身の左官職人、久住有生氏の作品である。友人のN邸の内装も久住さんの手による土壁で、その名前は前からよく存じ上げていた。


トロピカルガーデンは南国ムード。


久住さんの作品が、効果的にいろんな場所で植物とコラボしている。


こちらは和庭園のコンセプト。


淡路瓦を使ったアートも素敵である。


センターガーデンはクリスマスモード。


最後はシダの森を抜ける。


植物園は思いがけず素敵な演出と空間で満足した。屋外を散策しながら、この施設がまさに安藤忠雄ワールドであることが実感されてくる。コンクリート打ちっぱなしの迷宮のような入り組んだ複雑な構造体。自然の中の異空間は見るものを圧倒するが、好き嫌いがはっきり分かれるランドスケープだろう。


約束は16時だったが、30分ほど遅れて宿にチェックインした。受付スタッフも、部屋まで案内してくれた仲居さんも、すべてが今回のサプライズの協力者であった。夫婦で宿泊というストーリーを、最後の最後まで演じてくれた。部屋に通され、仲居さんが襖を開けた瞬間、妻の顔が大きく緩んだ。「やあ!」と子供や孫たちが手を振って笑った。

ネタばれの後は、久しぶりに全員が揃った家族の時間を過ごす。夕食前にゆっくり温泉に浸かった。露天風呂の真下に海があり、防波堤の釣り人のシルエットが刻々と濃くなっていった。


夕食が始まる。


この日の献立。


これが噂の3年とらふぐである。淡泊な白身をてっちり鍋で頂く。


淡路牛のステーキ。柔らかくておいしい肉だった。年寄りにはこれくらいの量で充分。


てっさ。この宿で出すふぐは、3年養殖の1.5Kg以上のものしか使っていないと、仲居さんが説明してくれた。養殖業者の認証書まで付けられていた。
サプライズの後の、楽しく美味しい夜が過ぎて行った。


夜が明けた。東向きの露天風呂から、朝日が昇るのを眺める。大阪湾を隔てて対岸は泉南から和歌山方面が遠望できる。


朝食は適度な量で美味しく頂いた。


朝が始まり、光芒が海に落ちる風景を窓から眺める。


チェックアウト後、長男ファミリーは自車で。我が家の車の後部座席には娘夫婦と次男。午前の訪問地にナビをセットする。


山の上に広がる県立「あわじ花さじき」に到着。無料で散策でき、子連れの家族にも適当な花の公園。今回は霞んでいたが、好天時には眼下に広がる海の風景も綺麗だろう。

子供たちがネットでチェックしてチョイスしたランチレストランに向かう。途中、県立淡路景観園芸学校の洒落た学舎の前を通過した。


山を下りた海岸沿いに、ミエレというイタリアンがある。口コミ評判どおり、抱負なメニューと上手な味付けのイタリアンだった。


一品づつ違うオーダーをして、みんなでシェアしながら食事を楽しむ。オープンデッキの食事スペースは、これからのシーズン、年寄りには海風が堪えるだろうが、ブランケットを膝に掛ければ、若い人たちにはどうということもないのだろう。次々にグループが入れ替わり席を埋めてゆく。アルバイト店員がせわしげにオーダーを処理するが、私たちのテーブルにもオーダー漏れがあって、このあたりの処理システムがうまく回れば、さらに店の評価もアップするのにと、少し残念な部分も見られた。


食事を終え、長男ファミリーとはここでお別れ。残りのメンバーは神戸マラソンで賑わう三宮界隈に繰り出し、スイーツと買い物を楽しんだ後、新神戸駅で3人を見送った。

淡路の3年とらふぐが食べたいと常日頃から口にしていた妻には、子供たちからの思いがけないプレゼントとなった。今回のサプライズ旅行を、中心となってアレンジしてくれた娘夫婦には特に感謝をしたいし、この日のためにそれぞれのスケジュールを調整して集ってくれた家族すべてに感謝、ありがとう。心に残る楽しく美味しい、家族の記念旅行になった。

2016/11/19-20 淡路島 D500+SIGMA10-20, VR18-200

| comments (0) | trackback (x) | | 
北陸ドライブ旅行(3)〜能登へ〜


ナビに導かれ、「のと里山海道」を海沿いに北上。途中、「千里浜なぎさドライブウェイ」に寄り道して、波打ち際を車で走ってみる。センターラインも標識もない、ただの砂浜の上を走行できる日本で唯一の公道である。下回りは塩害コートを施してはいるものの、ここで新車を走らせるのは気が引けた。まあ一度限りのお楽しみと割り切る。

シギ・チドリに会えるかもしれないと望遠レンズを積んできたけど、浜茶屋の近くをうろつくカモメを見たくらいだった。


里山海道は快適なドライブウェイだ。その名のとおり、里山を縫って走る海の道。谷が開けて見え隠れする能登の里山風景は、稲の葉が緑のじゅうたんとなって広がっている。但馬でも変わらない風景が見られる季節であるが、里山がちゃんと里山らしい姿を保っているところが印象を違えて見せているのだろう。但馬の里山はシカの食害で茶色い斜面が続く。

村々を流れる川の美しさも、今回の能登ドライブで感じたことの一つ。先般のNHK小野泰洋プロデューサーの講演会で、能登には日本の原風景が残っているとプレゼンされたが、たしかに、今の但馬に比べると、里山の純度が高いように感じた。

写真は、途中のパーキングエリアの展望台。東に七尾湾が遠望できる。


この日最後の立ちより先はここ。世界農業遺産指定「能登の里山里海」を代表する棚田、「白米(しろよね)千枚田」である。メディアではすっかり有名になったビューポイントであるが、但馬や丹後の棚田の美しさを知っている私たちにとっては、さほど大きな感慨もなく眺めた。


西の海辺から東の海辺へと、地道で能登半島を横断する。約1時間のドライブで、今回の旅の最終目的地である民宿「ふらっと」に到着。


名物女将に勧められて、食事前に野天風呂と洒落込む。七尾湾を眼下に眺めながら、ロングドライブの疲れをほぐす。周りの林では、ゼフィルス(ミドリシジミの仲間)が一斉に占有行動を始めており、何頭もの卍飛翔を目の前で見せてくれた。肉眼での種の同定は無理だったが、とても密度の濃い生息地だった。


18時半から夕食が始まる。板張りの大広間に、3組の泊り客がそれぞれのテーブルを囲む。地ビールのピルスナーで乾杯。


暮れなずむ海を眺めながら、オーストラリア人シェフ、ベン・フラットさんのイタリアンを楽しむ。いくつかの料理には「いしり」と呼ばれる魚醤が、効果的に隠し味として使われている。ふらっと特性の「いしり」を、お土産に求めた。


今回のコース料理のすべて。どれもがオーガニックで、素晴らしく美味しい。


イタリアンにはワインが定番だけど、やはり地酒は外せない。というわけで、2種類の地酒を楽しんだ。


食事が終わって、別グループとの交流会。女将やシェフを交えて、楽しい会話が続いた。


朝のダイニングテラスの風景。


囲炉裏ではヘシコと海餅(かいべ)が炙ってある。


朝食はシンプルでヘルシー。


朝の光で、エントランスのアプローチを撮っておく。親しい人と一緒に、きっとまた訪れたい。
「ふらっと」の情報はこちらから

「ふらっと」からは一路我が家を目指す。途中、もう一度金沢に寄り道して、金沢駅でお土産を求めた。高速に乗る前に給油。満タン法でリッター21キロの燃費だったから、インパネの表示値とよく一致した。3ナンバーの四駆車で、これだけ走ってくれたら言うことはない。乗り心地に関しては、シートの長さが短い分、脚の余計な部分が疲れた。あとは、アクセルペダルの反力を電子制御しており、こいつのおかげで右足首が疲労した。また、高速走行でのロードノイズがやたら大きく、一般道走行の静寂性とのギャップを感じた。ま、そんなところがVEZELのインプレッションであるが、全体として、とてもよくできたスマートな車だと感じた。

舞鶴若狭道が全面開通し、敦賀ジャンクションで北陸道とつながる。便利になり、今回の北陸ドライブ旅行も苦労なく行って帰ってこられた。また、東京から金沢まで新幹線がつながり、たくさんの人たちが北陸を訪れるようになった。便利さと引き換えに、失ってゆくものも少なくないだろう。失くしてはいけないものはしっかり守っていってほしいと願う。

旅の終わりのカーオーディオは、いつもWong Wing Tsanを流す。ゆったりとピアノの音色に包まれながら、薄暮に我が家が近づいてきた。

2015/7/2-3 D7000+SIGMA10-20


| comments (4) | trackback (x) | | 

HOMEBlog Top

▼サイト内検索
▼CALENDAR
S M T W T F S
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31      
<<  2018 - 12  >>
▼最新記事
▼カテゴリ
    [200]
▼最新コメント
    ササゴイの子育て
  • shibata (07/07)
▼最新トラックバック
    超絶品!川ガニうどん
  • KOH's VIEW (10/31)
▼リンク
COUNTER
  • 本日:615
  • 昨日:831
OTHERS
    処理時間 0.999071秒
LOGIN
USER ID:
PASS:
Mode: ゲストモード
PROFILE
POWERED BY
POWERED BY
ぶろぐん
DESIGNED BY
ゲットネット
MODULES BY
nJOY
Blog Parts